小島秀夫「作っている過程が、本当のものづくりになっている時もあるので」の意味と出典|AI時代の創作の喜び

「作っている過程が、本当のものづくり」という一節

ゲームクリエイターの小島秀夫は、AIの進化と制作の関係を問われ、「作っている過程が、本当のものづくりになっている時もあるので」と語った。完成品が早く手に入ることだけでなく、試しながら作っていく時間そのものに価値があるという考え方だ。

完成したゲームを遊ぶ人は、画面に現れた映像や物語、操作の気持ちよさを体験する。しかし、そこへ至るまでには発想が変わり、試作品が作り直され、スタッフが意見を交わす時間がある。完成した結果だけでは、作り手が何を面白いと感じたかは見えにくい。

小島は効率化自体を全面的に否定していない。技術の使い方次第で良い未来を築けるとも述べている。AIを使うか使わないかという二者択一ではなく、何を人が考え、どこを道具に任せたいかという問いを含んでいる。

一方、試行錯誤が長ければ長いほど優れた作品ができる、という決まりもない。制作の負担や働く人の健康、予算は重要な条件になる。制作過程の面白さを尊重することと、過剰な労働を美化しないことは両立させたい。

原典|2026年10月30日付シネマトゥデイの現地取材

原典はシネマトゥデイ「小島秀夫監督、コジプロ10周年展に込めた次世代への思い」。2026年10月30日に開かれたメディア向け内覧会での本人発言を、同日付記事が直接報じている。AIと創作について尋ねられた段落に対象の言葉が掲載される。話者・取材日時・掲載媒体・発言箇所が具体的に確認できる。

内覧会はコジマプロダクション設立10周年を記念する展示に先立って行われた。記事は開発資料や初期の制作過程を展示する意図と、進行中の新作に関する説明を伝えている。完成したゲームだけではなく、どのように考え作ったかを人に知ってほしいという文脈がある。

小島は絵を描くことを例に、指示した結果がすぐ出てくるのは効率的でも、途中の試行錯誤が創作の魅力になる場合があると語った。技術的な便利さと、本人が仕事の中で感じる楽しさを別の観点として語っていることが分かる。

この資料は編集部が会場で取材した発言記録であり、AI技術一般の科学的な能力評価や、業界全体の制作環境調査ではない。小島自身の制作観として原文を示し、すべての創作者の経験へ拡大しないことが適切である。

完成までの試行錯誤は何を育てるか

何かを作るとき、最初に考えた案がそのまま完成するとは限らない。試してみて初めて分かる不都合や、偶然出会う表現がある。失敗が起こること自体を望むのではなく、失敗から自分の問いが具体的になる点に意味がある。

小島が語る面白さには、完成した時の満足だけでなく、途中でアイデアの形が変わる驚きも含まれているのだろう。ゲームは操作への反応、映像、音、物語など異なる要素が組み合わさる。一つの答えを出して終わりではなく、組み合わせを確かめる工程が創造を支える。

ただし技術的な問題の解決に長い時間がかかることを、常に創造的だと評価する必要はない。単純作業を自動化すれば、別の重要な判断に時間を使える場合もある。省略したい手間と、残しておきたい発見の過程を区別するという発想が重要になる。

作品を形にするのは小島一人ではなく、多くの専門家の協働でもある。楽しさの形は人によって違い、全員に同じ作業を求めることはできない。創作を支える仲間が考え、提案できる環境そのものも、試行錯誤を可能にする条件だと考えられる。

AIで効率が上がるとき、何を残すのか

小島はAIをめぐる質問に、効率化の可能性と創作の面白さを並べて語った。反復的な処理を速くする技術は、作品を完成させる助けになるかもしれない。しかし便利さが増えたときこそ、作り手にとって大切な判断や試行を残せているか問う必要がある。

技術を使ったときの体験は、制作する対象によって変わる。画像の調整に役立つ場合もあれば、物語の発想を変える場合もある。AIを一つの均質な道具として扱わず、どの工程で何を任せているかを具体的に見ることが重要になる。

加えて制作にAIを導入する場合は、学習素材の権利や出力物の扱い、制作スタッフの同意といった論点もある。小島がこの発言だけでそれらの答えを示したと考えるべきではない。創作の楽しさの話と、技術を運用する際の権利・責任の問題を分けて検討する必要がある。

目指すものがすぐ完成する便利さは魅力的だが、完成するまでに何を発見したのかも忘れたくない。速さを成果の唯一の基準にせず、道具を使いながら自分で考える余地を確保することが、この一節から得られる問いだ。

創作の喜びと、これからの作り手

小島は記念展で制作の過程を見せることで、若い人が自分にも作れるのではないかと感じてほしいと語った。作品の完成像だけでなく、最初の案や失敗の痕跡も、次に挑戦する人にとって参考となる。創作者の仕事を遠くの才能ではなく、試しながら進める具体的な営みとして伝えるという意味がある。

光藤祐基の音源分離技術をめぐる言葉は、技術が完成した作品へ新しい活用法を与える可能性を語る。技術ができることを広げるとき、創作者自身がどう関わるかという問いを読み比べられる。

小島秀夫の「自分を信じて前へ進む」をめぐる記事は、別の時点で語った制作への姿勢を扱う。挑戦へ踏み出す決意と、踏み出した後の制作過程を楽しむことの違いを考えられる。

「作っている過程が、本当のものづくりになっている時もある」は、効率化を拒むための標語ではない。何を作りたいかを見失わず、作っている時間から発見を得ることの価値を示す。完成の速さだけでは測れない、創作へ向き合う喜びが残る言葉だ。

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