はじめに|動画で授業はどう変えられるのか
学校の授業では、同じ時間に同じ説明を聞き、一斉に次の単元へ進むことが多い。理解できた人にはゆっくり感じられ、つまずいた人には速すぎる場合もある。教育者サルマン・カーンは2011年のTED講演で、説明を動画で繰り返し見られるようにして、教師が学習者を支える時間を増やすという発想を紹介した。
講演の原題は『Let’s use video to reinvent education』で、日本語では動画を使って教育の仕組みを見直そうという趣旨になる。ここで重要なのは、単に学校の授業をすべて動画へ置き換える提案ではないことだ。説明を受ける時間と、分からないところを相談する時間の役割を組み替えるという提案だった。
本記事はTED公式の2011年3月の講演記録と、非営利教育サービスKhan Academyの公式資料に基づいている。後年増えたサービスや教材の機能を、当時の講演内容へさかのぼって付け足さない。何を実際に提案したのかと、そこから現代へ応用できる考え方を区別して読む。
原典|TED2011で語られた教育の再設計
TEDの公式記録では、この講演は2011年3月のTED2011で行われたものとされる。登壇者名はSal Khanで、サルマン・カーンの短い呼び方として使用されている。講演は、数学を中心にした教材動画と演習の仕組みを例に教育を考え直す内容だ。人物の呼び方と講演日時を一次的な公開記録で確認できる。
カーンは、親族の学習を離れた場所から手伝った経験をきっかけに説明を動画へ移していったことを語っている。動画は必要な箇所で止めたり繰り返したりできるため、視聴する人が理解する速さに合わせやすい。教える側の時間の都合だけでなく、学ぶ側の速度を考えるという視点がある。
一方、録画された説明を見たことと、問題を自力で解けるようになったことは同じではない。講演では練習問題の仕組みも重視されている。動画を見ることと、解いて確かめることを組み合わせる点が、単なるオンライン講義の配信とは異なる。
動画の利点|止められる、戻れる、繰り返せる
教室では、一度聞き逃した説明をその場ですべてやり直してもらうのは難しい場合がある。動画なら、分からないところを止めたり、前の説明へ戻ったりできる。学習者が自分の理解に合わせて時間を使えるのが大きな利点だ。
特に算数や数学では、前の単元の理解が不十分なまま進むと、次の単元まで難しくなることがある。動画と演習を使って必要なところまで戻るなら、つまずきを確かめやすい。間違えたことを失敗の烙印ではなく、復習する場所を示す手がかりにすることができる。
ただし、視聴するための機器や通信環境、落ち着いて学べる場所がなければ、この方式を使いにくい。すべての生徒に同じ条件が整っているとは限らない。技術による選択肢を増やすことと、利用できる環境を公平に整えることは別の課題である。
反転授業|説明を家で、練習を教室で
2011年の講演でカーンが紹介したのは、従来とは授業の流れを反転させる発想だ。一般的な授業では教室で説明を聞き、家で問題を解く。これに対して動画を事前に見ておき、教室では教師の助けを受けながら演習する方法を示した。難しい問題に向き合うときこそ、教師が近くにいる形にできる。
この方式はしばしば反転授業と呼ばれる。ただし、家庭で動画を見る時間をすべての生徒が確保できるとは限らない。家族の協力や学習環境などの違いを考慮せずに取り入れると、かえって格差が広がる可能性もある。発想の魅力と、実際の運用条件を分けて評価する必要がある。
授業を反転させる目的は、教師を不要にすることではない。むしろ教師が質問への対応、演習の支援、学習者同士の協力へ力を使えるようにすることだ。教材の自動配信と、人間が行う支援を役割分担するところに講演の主張がある。
習熟度を確かめる|進む前に何が分かったかを見る
一斉授業では、単元ごとに決められた期間が終われば、理解の度合いが違っていても次へ進むことがある。カーンは、演習の結果を確かめ、理解が十分でない部分を補う仕組みを説明した。何時間勉強したかだけでなく、何ができるようになったかを見る考え方である。
この考え方は習熟度に基づく学習と呼ばれることがある。たとえば分数の計算が曖昧なら、難しい文章題に進む前に基本へ戻る。反対に理解が進んでいれば、さらに先へ進める。全員を同じ速さにそろえるのではなく、必要な学びを見つけることを重視する。
ただし、練習問題の正答率だけですべての理解を測定できるわけではない。考えを人へ説明する力や、新しい状況で応用する力なども重要だ。自動採点で把握できる範囲を理解し、教師による観察や対話と組み合わせることが必要になる。
教師の役割はどう変わるのか
学習者が基本的な説明を動画で確認できれば、教師は一人ひとりがどこでつまずいているかを見る時間を作りやすくなるかもしれない。カーンは演習の進み具合を把握する仕組みも紹介している。教室全体へ一度に説明する役割だけでなく、個別に支援する役割を広げる発想だ。
もっとも、教育の質は動画の本数だけで決まらない。学習者の背景を理解し、安心して質問できる雰囲気を作ることは、人との関係に依存する部分が大きい。動画が便利でも、質問を受け止める相手の価値は残る。
学校の予算、カリキュラム、学年、学習内容によっても実装できる方法は異なる。一つのTED講演だけで、この方式がすべての授業より優れていると証明されたわけではない。提案の内容と教育効果の実証を混同しない姿勢を持ちたい。
学び直しへの応用|大人も自分の速度で進める
この考え方は社会人が学び直す場合にも応用できる。たとえば数学やプログラミングを勉強するとき、前提となる知識が抜けていたら、その単元へ戻って説明を見直せる。他人の学習速度に合わせるより、今の理解を確かめることが続けやすさにつながる。
一方、動画を再生しただけで学んだ気持ちになることもある。説明を見た後で実際に問題を解く、説明を自分の言葉で言い直すなど、理解を確かめる作業を加えたい。視聴回数よりも、自分で使える知識になっているかを意識する。
関連するキャロル・ドゥエックの学びへの考え方では、現在できないことをどう捉えるかを読める。またケン・ロビンソンの学校と創造性の議論は、教育制度そのものを別の角度から問い直す。学び方の設計と、学びたい意欲や創造性の問題は区別して比較できる。
まとめ|動画の価値は、教師を減らすことではない
サルマン・カーンの2011年TED講演は、教材動画を使って説明を繰り返し確認できるようにし、教室では演習や質問への支援に時間を使うという提案を紹介した。動画は教育の目的ではなく、学習者の理解を支える手段として位置づけられる。
学ぶ速度を自分で調整できることには魅力がある一方、教材へのアクセスや家庭環境、理解の評価方法などには課題もある。一つの技術で教育のすべてが解決すると考えず、どの学習者に何が必要かを確かめることが大切だ。
主な出典:TED公式・2011年3月講演、TED-Edの講演解説、Khan Academy公式の講演収録。講演の時期・授業の反転・動画と演習の役割は公式資料で確認し、現代への応用は編集上の考察として記した。