「進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む」。福澤諭吉の言葉として、常に成長し続けなければならない、という仕事の標語に使われることがあります。しかし、出典の『学問のすゝめ』第五編を読むと、この言葉は人が休めば能力が下がるという話ではなく、文明の発展と国民の独立を考える議論の一部だと分かります。
原典:『学問のすゝめ』第五編、1874年の演説
青空文庫の『学問のすすめ』に収録された第五編は、「明治七年一月一日の詞」という題で始まります。福澤はこの編について、1874(明治7)年1月1日に慶應義塾の社中へ向けて述べた言葉を文章に記したものだと説明しています。
その中に、世間の事物は進まなければ退き、退かなければ進む、という趣旨の一節が登場します。流通する短い表現は、前後にある「文明の形」と「文明の精神」の対比を取り去った引用です。原文は確認できる一方、短文化によって文脈が変わりやすいため、出典確認と文言変化の双方を区別します。
福澤が考えた「文明の形」とは
福澤は、近代的な学校、工業、軍隊、鉄道、電信といったものを、目で見たり制度として整えたりできる「文明の形」として挙げています。資金や政策によって整備できるものですが、外側の設備を増やすことだけで社会が真に進歩するとは限りません。
その対比として登場するのが、人々の「独立の気力」です。福澤は、政府の政策や整備を受け取るだけの姿勢が広がり、人民が自分たちで社会を担おうとする力が弱くなれば、外形の進歩にもかかわらず文明の精神が後退し得ると論じます。
「進まないと退く」は、社会の何を指しているか
問題の一節の直後、福澤は日本の状況について、文明の形は進んでいるように見えるが、人民の気力は日に日に衰えている、という趣旨を述べます。ここから分かるのは、変化の量を増やすことより、社会を担う主体が育っているかを問う議論だったということです。
新しい技術を導入することそれ自体を否定しているのではありません。技術や制度が充実しても、社会に関わる自立心が弱まる場合がある、という両面を見ています。
政府への依存と民間の活動
第五編の後半では、文明の発展を政府の事業だけに任せず、民間の学者や実業家が活動すべきだと説いています。商業、産業、出版などを通じて人々自身が社会を動かすことを重視しています。
これは、現代の政府に役割がないとか、すべての公共サービスを民間に任せるべきだという単純な主張とは異なります。明治期の特定の政治的状況に向けた論説を、現代の制度の是非へそのまま転用することには注意が必要です。
「休むな、立ち止まるな」という命令ではない
旧記事では、立ち止まった人は必ず退歩する、という自己啓発的な説明が中心でした。しかし福澤がここで説明しているのは、個々人の体調や休養ではありません。疲れている人に「一日でも休んだら後退する」と迫る根拠として使うのは、原文の問題設定と違います。
現代の仕事へ引き寄せるなら、導入した新技術の数だけで進歩を測らず、それを使う人に判断力や主体性が育っているかを確かめる、という問いが立ちます。これは本サイトによる応用であって、福澤が現代の組織管理手法を示したわけではありません。
初編の「実学」と読み比べる
同サイトの「実学」の記事は、1872年刊の初編で日常生活に役立つ学びをどう勧めたかを扱います。第五編では、それより先に、学んだ人々がどう社会の担い手となるかへ議論が広がっています。
まとめ:進歩を、設備の多さだけで測らない
「進まざる者は必ず退き」は、『学問のすゝめ』第五編の1874年の演説にさかのぼれます。その中心は、社会の制度や設備の整備と、人民が独立して活動する精神との違いです。外側が便利になったことと、人々が自分たちの社会を担えるようになったことを混同しない。この文脈に戻すことで、単なる「止まるな」という標語とは異なる価値が見えてきます。
主要資料と関連記事

・青空文庫『学問のすすめ』第五編:当該一節と「文明の形/文明の精神」の文脈。
・国立国会図書館「ベストセラー前史」:『学問のすゝめ』各編の刊行経緯と版の情報。
・関連記事:『学問のすゝめ』初編の実学。