「強み」は会議室ではなく、顧客の感情に宿る──感情起点で再定義するB2Bマーケティングの原点

マーケティング

ひとりマーケターが陥る「強み」探しの迷宮

多忙な業務の合間を縫って、自社の強みを言語化しようとデスクに向かう。しかし、出てくる言葉は「高機能」「低価格」「サポート充実」といった、どこかで聞いたような平凡なフレーズばかり。この閉塞感は、あなたの能力不足ではありません。「強みを探す場所」が間違っているだけなのです。

孤独な戦いと、SWOT分析の限界

経営層や営業部門から「もっとウリを明確にしてくれ」と矢面に立たされるひとりマーケターの苦悩は、痛いほど理解できます。多くの現場では、この問いに対してSWOT分析のようなフレームワークを持ち出し、会議室で付箋を貼ることから始めがちです。

しかし、これこそが最初の罠です。社内の人間だけで議論する「強み」は、往々にして「売りたい機能」の羅列に過ぎません。SWOT分析は優れたツールですが、それは市場環境と内部リソースを整理するものであり、顧客の心の機微を捉えるレンズではないのです。

【よくある失敗パターン:機能の列挙を強みと錯覚する】

典型的な失敗は、スペック表の優位性をそのままキャッチコピーにしてしまうことです。「創業50年の歴史」「特許技術〇〇搭載」。これらは事実(Fact)であって、顧客にとっての価値(Value)ではありません。顧客不在のまま自社を称賛するナルシシズムは、現代のB2B購買プロセスにおいて最も忌避される要素です。

構造的理解:「強み」とは機能ではなく、顧客の「負の感情」の解消量である

「強み」の本質は、競合との比較表にはありません。それは、顧客が抱える強烈な不安や不満が、あなたのプロダクトによって解消された瞬間に発生するエネルギーの総量です。

B2Bにおける「感情」の正体

B2Bは論理的な購買だと思われがちですが、決裁者は人間です。彼らは常に「失敗したら責任を問われる」「この選択で社内の評価が下がるかもしれない」という恐怖(Fear)や、「もっと楽をして成果を出したい」という渇望(Desire)を持っています。

真の「強み」とは、顧客が現状(As-Is)で抱いている「負の感情」を、理想(To-Be)の「正の感情」へとどれだけ確実に、かつ劇的に変換できるかという「変換能力」のことです。

例えば、あるSaaSの強みが「UIが使いやすい」だとしましょう。これを感情から逆算すると、「複雑な管理画面に対するイライラや、マニュアルを読み込む時間の浪費に対する絶望感(負)」を、「直感的な操作による解放感や、本来の業務に集中できる喜び(正)」に変える力、と定義できます。

【プロの視座:プロダクトは「手段」に過ぎない】

私がアーキテクトとしてプロジェクトに入る際、まず定義するのはプロダクトの機能ではありません。「顧客はどんな『地獄』にいて、どんな『天国』に行きたがっているか」です。強みとは、その地獄から天国へ渡す架け橋の頑丈さのことを指します。

思考の枠組み:感情から逆算する「エモーショナル・リバースエンジニアリング」

では、具体的にどうすればSWOTを使わずに強みを特定できるのか。私が推奨するのは、顧客の「安堵」や「歓喜」の瞬間から遡って自社の価値を特定するアプローチです。

Step 1: 「解消された瞬間」の特定

既存顧客の中で、最も満足度の高い層を想起してください。彼らが御社のサービスを利用して、最も感情が動いた瞬間はいつでしょうか?

• 「導入してすぐに稼働できて、正直ホッとした」

• 「上司に報告書を出した時、初めて褒められた」

• 「トラブルが起きた時の対応が早くて、救われた気持ちになった」

これらの中にこそ、真の強みが隠れています。機能そのものではなく、「ホッとした」「救われた」という感情のトリガーになった事象は何だったのかを突き止めます。

Step 2: コンテキスト(文脈)の言語化

その感情は、どのような文脈で発生したのかを掘り下げます。「なぜホッとする必要があったのか?(=以前は導入に数ヶ月かかり、その間プロジェクトが停滞するプレッシャーがあったから)」という背景です。

ここから導き出される強みは、「多機能性」ではなく、「導入担当者の精神的負荷をゼロにする、圧倒的なオンボーディングスピード」となります。これが、顧客の感情から逆算された、刺さる「強み」です。

【よくある失敗パターン:顧客の言葉を鵜呑みにする】

ヒアリングで「御社の良さは?」と聞き、「価格が安かったから」と言われてそれを強みにするのは危険です。B2Bにおいて価格はあくまで前提条件。その裏にある「予算確保の社内調整が面倒だったから、決裁不要な価格帯で助かった」という「社内政治的コストの回避」こそが、訴求すべき本質的な強みであるケースが多いのです。

現代的実践:AI時代の「定性データ」活用術

原理原則は「顧客感情の理解」ですが、ひとりマーケターには一人ひとりにインタビューして回る時間がありません。ここでこそ、現代のテクノロジーを「省力化」ではなく「洞察の深化」に使うべきです。

非構造化データの中に眠る「感情」をAIで掘り起こす

営業の商談録画データや、カスタマーサポートへの問い合わせログ、NPSのフリーコメント。これらの中には、顧客の感情が吐露された「非構造化データ」が山のように眠っています。

生成AI(LLM)を活用し、以下のようなプロンプトで分析を行うことが有効です。

「以下の商談ログから、顧客が『不安』『不満』『焦り』を感じている発言と、それに対して弊社の提案が提示された時に『安心』『期待』を示した瞬間を抽出し、その背景にある感情のメカニズムを分析せよ」

テクノロジーは「共感」のために使う

AIに「強みを作らせる」のではなく、AIに「顧客の感情の揺れ動きを可視化させる」のです。数千件のログから「顧客が最も安堵した瞬間」のパターンを発見できれば、それが御社の最強の「強み」となります。

私が関わった案件でも、機能面では競合劣位にあったツールが、サポートログの分析から「担当者の孤独に寄り添う伴走力」という情緒的価値を見出し、それを前面に押し出すことでシェアを逆転した事例があります。

まとめ:「機能」の翻訳者から、「感情」の理解者へ

「強みがわからない」という悩みは、あなたが自社のプロダクトを愛しているからこそ、客観視できなくなっている証拠でもあります。しかし、答えはプロダクトの中にはありません。

明日からのアクション

明日、デスクに向かったら、スペック表や競合比較表を一度閉じてください。そして、最近契約してくれた顧客、あるいは長く付き合ってくれている顧客の顔を思い浮かべ、「彼らは、仕事中のどんな『嫌な瞬間』から逃れるために、我々を選んだのか?」と問いかけてみてください。

マーケターの仕事は、単に機能をアピールすることではありません。顧客ですら言語化できていない「不安」や「痛み」を理解し、自社のプロダクトがそれを癒やす唯一の処方箋であることを証明することです。

SWOT分析の枠を超え、顧客の感情という生々しい現実に触れたとき、あなたは誰にも真似できない、御社だけの「本質的な強み」を手にしているはずです。それは、ひとりマーケターであるあなたが、誰よりも顧客の心に近づいたという証なのです。

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