「きれいはきたない、きたないはきれい」。シェイクスピア『マクベス』の冒頭で響く有名な言葉です。英語の“Fair is foul, and foul is fair”は、第1幕第1場の終わりに三人の魔女が一緒に語る台詞です。
ここで注意したいのは、この一句がシェイクスピア本人の考えを直接述べた格言ではなく、劇の登場人物による言葉だということです。そのあとマクベス自身も「fair」と「foul」を並べた台詞を発し、冒頭の逆説が物語全体へ響いていきます。
出典は『マクベス』第1幕第1場、魔女たちの最後の台詞
Folger Shakespeare Libraryの『Macbeth』第1幕第1場では、12行目に三人の魔女による “Fair is foul, and foul is fair” が置かれ、続く13行目は霧と汚れた空気を漂うよう告げます。雷鳴の中で三人は戦いの後にマクベスと会うと約束して去ります。台詞の話者は「ALL(魔女たち全員)」であり、マクベス本人の言葉ではありません。同じような語が第3場のマクベス自身の台詞に現れるため、二つの場面を読み比べると作品の仕掛けが分かります。
この場で話すのはマクベスではなく、三人の魔女(ALL)です。「魔女が登場する物語の台詞」と「作者が人生の教訓として語った言葉」を混同しないことが、原典を読む第一歩になります。
fair と foul をどう訳すか
fair は美しさや好ましさ、公正さ、よい天候を表す場合があります。一方の foul は汚れた、嫌な、悪い、荒れたなど文脈によって幅を持ちます。
日本語の「きれいはきたない、きたないはきれい」は語の反転を印象的に伝える訳ですが、単語を一対一に対応させた唯一の定訳ではありません。「良い/悪い」「美しい/醜い」と置く場合も、何を強調したいかで響きが変わります。
魔女たちは「善と悪の区別には絶対に意味がない」という哲学的な定理を説明しているわけではありません。劇が始まると同時に、見かけや言葉が信頼できなくなる雰囲気をつくっています。
第1幕第3場では、マクベス自身の台詞に反響する
劇の第1幕第3場でマクベスが初めて登場すると、彼は“So foul and fair a day I have not seen.”と口にします。英語で同じ二語が並ぶため、観客には冒頭の魔女たちの言葉が思い起こされます。
マクベスが第1場で魔女たちの言葉を聞いていたわけではありません。それでも同じ語の組み合わせが現れます。これは舞台作品としての反復であり、後に起こる出来事や予言の不確かさへの入口として読むことができます。
「魔女の呪文がこの台詞を言わせた」といった具体的な因果関係まで、当該箇所だけから確定することはできません。脚本で確認できる反響と、作品解釈を分けます。
見た目と真実のずれが、物語を動かす
『マクベス』では予言が判断を動かし、人物は自分や他者の姿を信じたり疑ったりします。第1場の逆説を最初に聞いた読者・観客は、のちの発言や約束についても、その意味が一つでない可能性を考えることになります。
だからこの言葉を日常の「物事には表と裏がある」という教訓へ短絡させるより、劇中の発話がどのように次の場面へつながるかに注目すると理解が深まります。
とはいえ「どんな悪も美しい」「善悪はまったく同じ」と作品全体が主張している、と決めつけることもできません。魔女の言葉は、作品内の人物の声として読む必要があります。
日本語で読むときの問い
「きれい」と「きたない」の組み合わせが直感的に不穏なのはなぜでしょうか。良さそうに見える出来事に別の意味があるのか、逆に悪く見えるものにも別の側面があるのか。
さらに第3場に進んで、マクベス自身の foul / fair がどのように響くかを読む。この二つを並べることで、短い引用だけでは分からない劇の仕掛けが見えてきます。
まとめ:短い名言ではなく、劇の入口として読む
この一節は、シェイクスピア作『マクベス』第1幕第1場に実在する、三人の魔女たちの台詞です。作中で言葉が反転し、第1幕第3場のマクベス自身の台詞にも反響します。
名言として抜き出しても印象的ですが、作者の直接発言として扱うのではなく、劇中の声と後続場面をつなげて読む方が、作品の意味をより豊かに受け取れます。
原典・確認範囲
第一の原典(魔女たちの台詞):Folger Shakespeare Library『Macbeth』第1幕第1場、12〜13行目。登場人物欄で話者が ALL と表示されていることを確認できます。「きれいはきたない」はこの箇所に対応する日本語表現であり、唯一の逐語訳ではありません。
第二の原典(台詞の反響):Folger Shakespeare Library『Macbeth』第1幕第3場、130行目。マクベス自身が “So foul and fair a day I have not seen.” と発する箇所です。同じ単語が再登場する事実と、魔女の発言を本人が聞いていたという推測は区別して読みます。劇全体の本文からも場面ごとに前後を確認できます。
出典状態:原典確認済み。 英語の劇本文と話者・場面を照合しています。「きれいはきたない」は流通する日本語訳の一つとして紹介しています。翻訳者固有の訳文の権利や、初演・印刷史における異文を今回すべて比較したわけではありません。
人物・作品の探索へ
シェイクスピア人物ページから別作品の台詞へ進めます。同じ『マクベス』でも、「世間を欺くには世間と同じ顔を」では、マクベス夫人の別の発話を扱います。監査の考え方は出典ステータスの読み方、調査記事一覧は出典から名言を探すから確認できます。