エピクテトス「与えられたものを受けよ、活かせ」|『語録』1.1と『提要』に見る本当の意味

「与えられたるものを受けよ。与えられたるものを活かせ。」は、エピクテトスの思想と近い日本語です。ただし、この日本語そのものの訳者・初出と、単独の原文との一対一の対応は未確認です。本記事では、対応する思想を『語録』第1巻第1章と『提要』で確かめます。

原典は「自分の力の内」と「外」を区別する

『語録』第1巻第1章には、航海できない天候のとき、風向きを気にし続ける人への問いかけがあります。その流れで、自分の力の内にあるものをできる限りよく用い、それ以外をその本性に従って扱う、という趣旨が語られます。

確認したGeorge Longの英訳では、短く抜き出すと “use the rest according to their nature” とあります。Elizabeth Carterの古い英訳では、同じ箇所を「残りは自然に起こるとおりに受け取る」という方向で表現しています。以下の日本語の説明は本サイトによる説明訳で、刊行された日本語訳の引用ではありません。

重要なのは、よく用いる対象と、受け取る対象が分けられていることです。流通する日本語は二度とも「与えられたもの」と言うため、この境界が見えにくくなります。思想の要約として読めても、原典の正確な直訳と表示するのは避けるべきです。

「力の外」は「働きかけても無意味」と同じではない

『提要』第1章は、判断・欲求などと、身体・財産・評判・地位などを区別します。これは、身体や仕事を一切気にしなくてよいという現代的な助言へ、そのまま置き換えられる話ではありません。外的な結果を、自分の意志だけで保証できるものとみなさない、という区別として読めます。

ここからは本サイトの現代的な解釈です。たとえば、発表の評価は他者に依存しますが、準備、説明、質問への対応は自分の行動です。評価を約束することと、よい準備をすることを分ければ、受容と行為は両立します。結果が出ない人を「心の持ち方が悪い」と責めるための区別にはしません。

『提要』第8章と第10章へ進む

第8章は、出来事が自分の望むように起こることを求めるより、起きることに向き合う態度を促します。第10章では、出来事に対して自分にどのような能力があるかを問い、忍耐や自制などを挙げます。受け取ることと、自分の能力を使うことが別々の標語ではなく、実践としてつながります。

ただし、古典の厳しい倫理的要求を、すべての状況に有効な成功法則や心理療法として紹介することはできません。「受け入れれば成功する」という保証も、ここで確認した原典からは導けません。

誰の言葉として残っているのか

『語録』『提要』は、エピクテトスの教えを弟子アリアノスが記録・編纂した資料として読む必要があります。本人がこの日本語の短句を著書に書き込んだ、と紹介するのは不正確です。人物と編纂の関係はエピクテトス人物ページに整理しています。

受容と主体的な行為の境界をさらに考えるなら、運命とは何か、判断と自由の関係なら自由とは何かへ進めます。

「自分に与えられたもの」を役柄の比喩で考えるなら、『提要』第17章の配役と自由へ。役を選ぶことと、よく演じることの区別を、セネカの劇の比喩と比較します。

出典状態・原典への入口

出典状態:意訳・文言変化。日本語の短句の来歴は未特定ですが、近い思想は以下の古典本文・古い英訳で確認しました。「思想の対応確認」と「日本語の引用の初出確認」は別の状態です。

MIT Internet Classics Archive『語録』第1巻第1章、George Long英訳:風向きの例と、自分の力の内外の扱い方。原語の全異版を照合したものではありません。

Elizabeth Carter英訳『語録』第1巻第1章、第5段落(Wikisource):同じ箇所の古い英訳。「第5段落」はこの訳の区分で、『提要』第5章を意味しません。

『提要』ギリシア語本文、第1・8・10章(Open Epictetus):Heinrich Schenkl 1916年版を基にした電子テキスト。George Long英訳と照合しました。現代の日本語訳は転載していません。

名言の出典ステータスの読み方

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