はじめに
「自分自身を愛することを忘れないでください」。キルケゴールの名言として紹介されることがあります。
この日本語に近い一文は、1848年にキルケゴールが従兄弟ペーターに送った書簡の英訳で確認できました。「本人の出典は未確認」という従来の判断を訂正します。ただし現在流通する日本語は、原文が強調する「自分を愛する義務」の語を省いた簡略化です。
1848年の書簡に記された言葉
英訳には “Above all do not forget your duty to love yourself.” とあります。当サイトの説明訳では「何よりも、自分自身を愛する義務を忘れないこと」です。2018年5月1日、St. Olaf CollegeのJulia Watkin Memorial LectureでAndrés Roberto Albertsenがこの手紙を引用し、Kierkegaard: Letters and Documents 280〜281頁を典拠として示しました。講演原稿・20頁、同書簡への参照を伴う引用一覧。
書簡は、周囲から活動的に見えず、役に立たないと見なされても、内面的に生きる人生の価値を失わないよう従兄弟を励ます文脈にあります。現在の「自分を好きになろう」という一般的な自己啓発の短文だけでは、宗教的・倫理的な意味や宛先との関係が見えなくなります。
『愛のわざ』にある自己愛の議論とも比較する
この書簡の思想的背景を考えると、彼は『死に至る病』などで「自己」であることを中心問題として扱い、1847年の著作『愛のわざ』(Works of Love)第1部II.A「You Shall Love」では、隣人を自分自身のように愛せという命令を深く考察しました。学術版『愛のわざ』第1部II.A(17〜43頁)に章立てと文章の概要を確認できます。
ただし、今回の流通句の直接の典拠は『愛のわざ』ではなく、1848年の書簡です。『愛のわざ』での問いは一般的な自己肯定ではなく、自己愛と隣人愛がどのように関係するかという宗教的・倫理的な議論です。書簡と著作の成立時期・相手・目的を混同しないようにする必要があります。
キルケゴールにとって「自己」とは何か
キルケゴールの自己論は、単純な自己肯定や「自分を好きになろう」というメッセージではありません。人間が自分自身との関係をどう引き受けるのか、そしてその自己が何によって成立しているのかという、より厳しい問いです。『愛のわざ』第1部II.Aの冒頭では、「隣人を自分自身のように愛する」という命令は誰もが自分を愛することを前提としていると説明しながら、そのままの自己中心性を肯定するのでなく、自分を正しい仕方で愛する方向へ論を進めています。英訳全文と段落参照(2026年の翻訳、原著は1847年)では両者の違いを読めます。
したがって、流通する短い日本語だけで理解を終えず、書簡の「義務」という語と、他者の評価に左右されない内面的な生の価値を読み取ることが大切です。これは自己愛を孤立した気分の問題に閉じ込めないための手掛かりになります。
まとめ
「自分自身を愛することを忘れないでください」には、1848年の従兄弟宛書簡の英訳に対応する一節があります。現在の日本語は「何よりも」「義務」という要素が省かれた短い意訳です。
思想の類似だけでは引用の証明になりませんが、今回は書簡の刊行英訳を典拠として示す研究資料まで確認できました。一方、デンマーク語自筆の原稿や異版までは直接照合していません。言葉の出典と、訳文の表現の確かさを分けて評価します。
出典状態:本人書簡を刊行英訳の引用で確認/日本語は簡略化・意訳。1848年、従兄弟ペーターへの遅い新年の挨拶の書簡。英訳収録:Kierkegaard: Letters and Documents, pp.280–281。照合資料:Andrés Roberto Albertsen, Lessons from Kierkegaard to a Pastor in 21st Century America(2018年St. Olaf College講演、p.20および注61)。比較資料:『愛のわざ』(1847年)第1部II.A(学術版)。書簡の原デンマーク語・自筆草稿は未実見であり、細かな訳語や異稿を確定したわけではありません。
関連:キルケゴール人物ページ。既存の著作と要検証の名言を区別して確認できます。