「人生とはひどいものだ、本当に残酷で、いいようもなく愚かしくひどいものだ。だからといって自分からそれを放棄するほどまではひどくない。」
マクシム・ゴーリキーの名言として日本語で広く紹介されている言葉です。
しかし今回の調査では、この完全な文言をゴーリキー本人の著作・書簡・講演などで直接確認することはできませんでした。
日本語Wikiquoteでも「帰されるもの」扱い
日本語版Wikiquoteでは、この言葉はゴーリキーの項目に掲載されていますが、出典付きの引用ではなく「帰されるもの」として整理されています。
これは、「ゴーリキーの言葉として流通しているが、確かな出典を示せていない」ことを意味します。
ゴーリキー作品には厳しい人生観が多いが、それだけでは証拠にならない
ゴーリキーの作品には、貧困、暴力、絶望、社会の底辺で生きる人々が繰り返し描かれます。
そのため、この言葉はゴーリキーの作風や人生観によく似合います。
しかし、作風に合うことと、本人が実際にその言葉を残したことは別です。
有名人のイメージによく合う言葉ほど、後からその人物へ結びつけられることがあります。
作品を調べても、今回は完全一致に到達できなかった
今回、英訳で公開されているゴーリキー作品や回想録を複数確認しました。
人生の厳しさや、人間の苦しみを語る近い表現はいくつもあります。しかし、この日本語に直接対応する英文・ロシア語原文を特定することはできませんでした。
したがって、「ゴーリキーの思想を要約した意訳」なのか、「別の文章の翻訳」なのか、「後世の帰属」なのかは現段階では確定できません。
この言葉そのものが持つ二重性
出典が未確定でも、この文章が長く残ってきた理由は理解できます。
前半では人生を「残酷で愚かしい」と強く否定しながら、後半では、それでも自ら放棄するほどではないと踏みとどまる。
悲観と生への執着が同じ文章の中に共存しているからです。
ただし、この意味解釈をゴーリキー本人の意図として断定することは避けます。
出典と判定
日本語版Wikiquoteでも、この言葉は出典付き引用ではなく「帰されるもの」に分類されています。
ゴーリキー作品の公開英訳も複数確認しましたが、今回は一次資料へ到達できませんでした。
そのため、この記事では「要検証」と判断します。原文・初出が確認できた段階で更新します。
引用の判定基準は出典ステータスの読み方にまとめています。