「われわれの災いは、ひとりでいられないことに由来する」はショーペンハウアーの名言?|出典を検証

はじめに

「われわれの災いは、ひとりでいられないことに由来する」。ショーペンハウアーの名言として紹介されることがあります。孤独を重視した思想家なので、それらしく聞こえる言葉です。しかし、この短文の著者をショーペンハウアー本人とするのは正確ではありません。

フランスの作家・モラリスト、ジャン・ド・ラ・ブリュイエール(Jean de La Bruyère)の『性格論(Les Caractères)』「人間について」第99節に、対応する文章が存在します。1880年版のフランス語本文では、「Tout notre mal vient de ne pouvoir être seuls」と書かれています。

さらに重要なのは、ショーペンハウアー自身の著書にも、このフランス語とラ・ブリュイエールの名が一緒に現れることです。つまり、後世の名言サイトで発言者が入れ替わったのかもしれない、という曖昧な推測だけではありません。元の著者と、引用した人物を区別できる資料が残っています。

この一文の本来の出典

ラ・ブリュイエールの『性格論』は、人間の習慣や虚栄、社交のあり方を鋭く観察した著作です。「人間について」の該当箇所で彼は、一人でいられないことから遊興や浪費、散漫さなど、さまざまな問題が生まれると論じます。

ここでいう「ひとりでいられない」は、単純に人付き合いが好きという意味ではありません。自分自身と向き合う静かな時間に耐えられず、外から絶えず気晴らしを持ち込むという心理が問題にされています。後に続く具体例まで読むと、言葉の射程が分かります。

ただし、17世紀の道徳批評には当時の社会や宗教観も反映されています。原文で挙げられた行動をそのまま現代人全員への評価とする必要はありません。大切なのは、一人でいられない原因と、そのために求めてしまう刺激を見分けることです。

ショーペンハウアーはどう引用したのか

ショーペンハウアーの『余録と補遺』第1巻「人生の知恵のためのアフォリズム」第5章では、孤独と社交の関係が論じられます。そこでは、孤独が与える利点を説明したあとにラ・ブリュイエールのフランス語を引用し、彼の言葉として明記しています。

Project Gutenberg所収の英訳『Counsels and Maxims』では、該当箇所に “says La Bruyère” という帰属が確認できます。フランス語訳の第5章でも、ラ・ブリュイエールを引用する形が保たれています。

つまり、「ショーペンハウアーの本に載っている」ことと「ショーペンハウアーが書いた言葉である」ことは同じではありません。その本に出てきた誰かの言葉を、著者本人の名言として登録すると、引用者と原著者が入れ替わってしまいます。

似た思想はなぜ誤帰属を生みやすいのか

ショーペンハウアー自身も、他者との交際から生じる束縛や疲れ、孤独の中で得られる静けさを論じています。ラ・ブリュイエールの指摘と彼の孤独論には、確かに響き合うところがあります。

だからこそ、文章を短く抜き出して名前だけを添えれば、違和感なく受け入れられてしまいます。思想的に共感していたことは、文の著作者である証拠にはなりません。これは有名人の名言を調べるときに繰り返し出会う落とし穴です。

さらに、パスカルの『パンセ』にも、一室で静かにいられないことを問題にする有名な議論があります。三者は近い問題を扱いますが、今回のフランス語の一文、ラ・ブリュイエールによる著述、ショーペンハウアーによる引用、パスカルの別の議論を混ぜないことが必要です。

現代の生活にどう引きつけて考えるか

少し手が空くと、ついスマートフォンに手を伸ばす。何か予定がないと落ち着かない。静けさを「暇」と呼び、すぐに埋めようとする。現代でも、この言葉を考える入口は少なくありません。

しかし、「一人でいられないのは悪い人だからだ」という結論にしてしまうと、原文を道徳的な叱責へ狭めてしまいます。自分で選んだ交流と、沈黙を避けるための気晴らしを区別する方が、日常で試せる問いになります。

誰かと過ごす時間が心を支えることもありますし、孤独が苦痛になることもあります。社交を捨てることではなく、独りの時間をどう経験しているかを振り返ること。それが、この一文を現代へ持ち込むときの穏当な読み方でしょう。

まとめ

「われわれの災いは、ひとりでいられないことに由来する」に対応する原文は、ラ・ブリュイエール『性格論』「人間について」第99節で確認できます。ショーペンハウアーはこの言葉を自身の孤独論で引用していますが、引用したことは彼が発案したことを意味しません。

この出典を知ると、文章は一人の哲学者の名言ではなく、時代の異なる思想家たちが「孤独と気晴らし」をどう考えてきたかをたどる入口になります。

ショーペンハウアー本人の表現を読みたい場合は、「孤独は優れた精神の持ち主の運命」の記事や、人物ページから進めます。サイト内での誤帰属への考え方は、名言と出典の案内も参照してください。

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