ニュートン「天体の運動はいくらでも計算できるが、人の気持ちはとても計算できない」|原型と南海泡沫事件

「天体の運動はいくらでも計算できるが、人の気持ちはとても計算できない。」

アイザック・ニュートンの名言として広く知られる言葉です。ただし、現在流通しているこの日本語を、そのままニュートン本人の発言として扱うのは少し危険です。

確認できる古い記録では、ニュートンが語ったとされるのは「人々の狂気は計算できない」という、もっと短い言葉です。「天体の運動」との鮮やかな対比は、後世に整えられた形と見るのが妥当です。

最も古い有力な記録は、ニュートンの死後に残された

この逸話をたどると、ジョセフ・スペンスの『Anecdotes, Observations, and Characters, of Books and Men』に行き着きます。スペンスのメモは18世紀に作られ、1820年に刊行されました。

そこでロード・ラドナーの話として伝えられているのは、南海会社の株価上昇がいつまで続くかをニュートンが尋ねられた際、「人々の狂気は計算できない」と答えた、という逸話です。

重要なのは、ここには現在よく知られる「天体の運動は計算できるが」という前半がないことです。ニュートン本人の手紙や著作に、この完成形が書かれているわけでもありません。

そのため、この記事ではこの言葉を「意訳・文言変化」として扱います。

背景にあるのは「人の気持ち」より、投機市場の熱狂だった

この言葉の背景にあるのは、1720年の南海泡沫事件(South Sea Bubble)です。南海会社の株価が急騰し、その後崩壊した、英国史上もっとも有名な投機バブルの一つです。

オックスフォード大学の「Newton and the Mint」プロジェクトも、ニュートンが南海会社に投資していたことを確認しつつ、よく語られる「約2万ポンドを失った」という話については証拠が決定的ではないとしています。

つまり、この逸話を「大科学者ニュートンでさえ恋愛や感情は理解できなかった」という話へ変えると、元の文脈からかなり離れます。

ここで予測できないとされたのは、人間の感情一般というより、群衆が投機へ熱狂する不合理さです。

「人の気持ち」は、さらに柔らかくなった日本語

古い記録にある英語は the madness of the people です。直訳に近づければ「人々の狂気」「人々の熱狂」といった表現になります。

一方、日本で広く流通する「人の気持ちはとても計算できない」は、意味をかなり柔らかくしています。

「狂気」が「気持ち」へ変わると、株式市場の集団心理をめぐる皮肉が、人間関係についての穏やかな人生訓へ変わります。これは、名言が翻訳や要約の中で意味を変えていく典型的な例です。

それでも、この言葉が残る理由

後世に整えられた「天体の運動」と「人々の狂気」の対比は、とてもよくできています。

自然現象を数学で記述したニュートンの名と、市場の熱狂を予測できなかったという逸話が、一文の中で鮮やかにつながるからです。

ただし、この面白さを味わうためにも、本人の逐語的な名言なのか、後世に磨かれた表現なのかを分けておくことには意味があります。

そして元の文脈へ戻ると、この言葉は「人間の心は難しい」という一般論よりも、賢い人であっても群衆の熱狂から完全には自由になれないという、かなり具体的な警句として読めます。

出典について

現在確認できる重要な手がかりは、ジョセフ・スペンスのメモをもとに1820年に刊行された Anecdotes, Observations, and Characters, of Books and Men です。書誌情報はOpen Libraryで確認できます。

南海泡沫事件とニュートンの投資については、オックスフォード大学の研究プロジェクトNewton and the South Sea Bubbleも参照しました。同ページも、この逸話を紹介しつつ、ニュートンの損失額については証拠が確定的ではないとしています。

名言の出典をどのように区別しているかは、出典ステータスの読み方も参照してください。人物や作品だけでなく、問いから読みたい場合はテーマから思想をたどるへ。

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