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「人にとって人ほど恐ろしい獣はいない」はモンテーニュの名言?|『エセー』では皇帝ユリアヌスの逸話として登場

はじめに

「人にとって人以上に恐怖となる獣は世界に存在しない」。モンテーニュの名言として流通する言葉です。

この文章に対応する一節は、確かに『エセー』にあります。しかし注意が必要です。モンテーニュが自分自身の格言として述べた文章ではありません。

『エセー』第2巻第19章「良心の自由について」で、モンテーニュはローマ皇帝ユリアヌスについて述べ、古代の歴史家アンミアヌス・マルケリヌスの記述を紹介します。その中で、ユリアヌスが一部のキリスト教徒の残酷さを経験し、「人にとって人ほど恐ろしい獣はいない」という趣旨を語ったと記し、「ほぼ彼の言葉である」と付け加えています。

『エセー』にはある。しかし「モンテーニュの発言」とは限らない

ここが名言を扱ううえで重要なところです。ある文章が著者の本に書かれていることと、その文章を著者自身が発したことは同じではありません。

モンテーニュは、ユリアヌスが宗教上の対立を利用しようとした政策について論じる中で、この言葉を紹介しています。したがって、引用の構造は「モンテーニュが言った」ではなく、モンテーニュが古代史料を参照しながらユリアヌスの言葉として伝えたと見るべきです。

モンテーニュ自身の思想とは無関係なのか

もちろん、この言葉がモンテーニュ自身の問題意識と無関係というわけではありません。

『エセー』第2巻第11章「残酷について」では、同時代の内戦で、人間が利益や憎悪さえなく、他人が苦しむ姿を見るためだけに残酷な行為へ及ぶことへの強い嫌悪を表明しています。さらに動物への残酷さにも敏感で、人間が自ら誇る「人間性」を疑う場面があります。

だから「人ほど恐ろしい獣はいない」という表現がモンテーニュの著作の中で響くのには理由があります。しかし、思想的に共鳴することと、言葉の発話者が同じであることは別です。

なぜモンテーニュの名言になったのか

『エセー』のような引用と逸話の多い作品では、著者の文章、古典からの引用、歴史上の人物の発言が連続して現れます。

そこから一文だけを切り出すと、誰の声なのかが消えてしまう。やがて「モンテーニュの本にある言葉」が「モンテーニュが言った言葉」へ変化します。

これは、セネカの文章をモンテーニュ自身の名言として流通させた例と同じく、引用者へ発言者が移動するタイプの名言変化です。

まとめ

「人にとって人ほど恐ろしい獣はいない」という言葉は、『エセー』に対応する文章があるため、完全な偽名言ではありません。

しかしモンテーニュは、それを自分自身の格言として書いているわけでもありません。古代史家の記述を踏まえ、皇帝ユリアヌスについて「ほぼ彼の言葉」として紹介しています。

本に書かれている言葉と、著者本人の言葉は同じではない。この一例は、名言の出典を確認するとき、文章だけでなく「その文章を誰の声として著者が書いているか」まで見る必要があることを教えてくれます。

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