「目先の勝敗より正しい稽古」|一川一が伝えた父・一川格治の教え

「目先の勝敗にとらわれず、基本に忠実な正しい稽古を地道に積み重ねる。それが大成への大道である」。この言葉は剣道教士八段・一川一の名言として広まっています。しかし一川が2013年に書いた随想を読むと、直接の教えを記したのは父・一川格治(剣道範士八段)であり、息子の一が父の遺した言葉を受け継いで紹介していたことが分かります。誰が語り、誰が伝えたかを区別することから始めましょう。

出典――2013年『致知』の「市井の剣道」

対象の文章は、月刊『致知』2013年5月号の「致知随想」に掲載された一川一「市井の剣道」の中で紹介されています。今治明徳中学校の「剣道家の父が、兄を目覚めさせた一言」は、雑誌掲載文を転載・紹介しています。

この随想では、一川は父が残した大量の書き付けを大切にしていると説明したあと、父の教えを二つ挙げています。その一つが、勝つためだけの稽古を戒め、正しい基本を続けることを説く文章です。つまり、随想の著者は一川一、引用された言葉の元の話者は父・一川格治です。

致知出版社の名言一覧では、一川一名義の短句になっています。これは本人が広めた言葉としての表記だと理解できますが、由来を説明する記事では父の教えだったという重要な情報を省いてはいけません。

父・一川格治が残した剣道の心得

一川格治は範士八段で、野田派二天一流の継承者でもあった人物です。息子の一は、父が学びや気づきを紙片へ書き残していたと振り返っています。このことは本人の随想の本文で確認できます。

大阪市立図書館の『いまに伝えたい剣道修行の心得――一川格治金言集』書誌によれば、2008年には息子の一川一が語り、高山幸二郎が編集する形で、父の教えを一冊にまとめた本が刊行されています。父の言葉を保存し伝える活動は、2013年の随想だけではありません。

ただし、今回の一節が2008年刊のその本の何ページにあるかは直接確認できていません。書籍の存在と、特定の文章の収録位置を混同しないようにします。

2013年の随想にある、もう一つの大切な背景

一川一は、試合で目立つ選手は全体の一部であり、多くの人は大会の華やかな舞台と縁のない場所で稽古を続けていると書いています。そこで「市井の剣道家」は何を目指すのか、という問いが登場します。

一川が挙げたのは、強さの順位だけでなく、正義、廉恥、勇武、礼節、謙譲という五つの徳です。試合に出ない人にも、試合で活躍する人にも、目指すものがあると考えたのです。

つまり、この短句は「大会で勝つために基本練習を毎日続けろ」という効率的な勝利術だけではありません。剣道を通じ、人とどう向き合い、日常でどのように振る舞うかを考える教えとして位置づけられています。

稽古の意味――相手は倒す敵なのか

一川の随想には、稽古相手は自分を育ててくれる存在であり、相手への敬意と感謝を忘れないという考えも記されています。独りで同じ動作を繰り返すことだけが、剣道の稽古ではありません。

防具を着けて練習する場と、現実の人間関係では条件が違います。そのうえで一川は、道場で学ぶ態度を日常へ持ち帰ることを重視しました。勝敗よりも長く残るものとして、技術と態度の関係が問われているのです。

一川自身の経験――八段審査での14回目

本人は、剣道八段の審査に合格するまで七年間を費やし、14回目の挑戦で合格したと随想で振り返っています。途中、目先の合格へ近づくために小手先の方法を使いたくなる気持ちにも直面したそうです。

そのような時に思い出したのが、父の説く「大成への大道」でした。結果にこだわりすぎず、自分が日ごろ積み重ねてきたものを堂々と示す。その境地へ変化したとき、審査に合格したと本人は説明しています。

ただしこれは一川の体験であり、同じ練習方法を続ければ誰でも同じ回数で合格できるという保証ではありません。本人が自らの取り組みを振り返った記録として理解します。

1990年代以降の剣道教育でも、試合偏重は議論されてきた

『剣道日本』2012年3月号の目次には、一川一への「一本の重みを感じてほしい」という取材が載っています。また2008年5月号には、間合いに関する指導法の紹介があります。長年高校で剣道の指導をしていた一川が、勝敗だけでは測れない技術の質を考え続けていたことを示す別資料です。

とはいえ、これらの雑誌目次に2013年の「大成への大道」の全文が載っているわけではありません。本人の活動経歴を確かめる資料と、今回の名言を確認する資料は分けて使います。

「地道に続ければ必ず成功する」とは限らない

基本を重視することは大切ですが、必要な環境や適切な指導がなければ、同じ練習を重ねても改善しない場合があります。疲労やけがを抱えた状態なら、休息や回復が必要になることもあります。

また「正しい稽古」とは、ただ苦しい練習を我慢することではありません。目標と方法が合っているか、相手の安全や尊厳を守っているか、必要な修正ができているかを確かめることが欠かせません。

随想中には厳しい上司を相手に粘り強く働いた兄の例も登場しますが、それを現代の職場で暴力やハラスメントを受け入れるべきだという根拠に転用してはいけません。道場の稽古と職場の労働環境では、負うべき責任も安全管理も違います。

今日の学習や仕事へ応用できること

  • 何の「基本」なのかを確かめる:技能の要件を具体化し、ただ同じ作業を反復しない。
  • 過程を見直す:試験の点数や大会の順位以外に、技術や判断の改善を確かめる。
  • 相手への敬意を持つ:競争相手や練習相手を、単に倒す存在として扱わない。
  • 正しいフィードバックを得る:指導を受け、けがや疲労への配慮を含めて練習を調整する。
  • 日常へ持ち帰る:学んだ姿勢が、道場を出た後の行動に表れているか考える。

例えば新しい仕事を覚える際、試験の点数だけを追うのではなく、根拠を確かめて説明できるか、同僚へ安全に引き継げるかといった実務の質を確認できます。これは一川がウェブ編集の方法を提示したという意味ではなく、読者向けの応用です。

資料と帰属の判定

出典状態:言葉の来歴を確認/話者帰属の補正。 「一川一の名言」として流通しますが、2013年の本人随想では父・一川格治の教えとして記されていました。本人の随想を学校が転載した公開資料で前後を確認できる一方、雑誌の紙面そのものや父の元の書き付けを直接照合したわけではありません。したがって「2013年の息子による紹介は確認、父の原本は未照合」と明記します。

まとめ――「大成」の意味を、勝利だけで決めない

「目先の勝敗にとらわれず」という教えを一川一は、父の言葉として大切にしていました。14回目の八段審査合格という自身の経験も、その考えと結びついています。基本を積み重ねる目的は、勝つための技術だけではなく、相手を尊重し、日常生活に学びを生かすことでした。言葉を誰が書き残し、誰が受け継いだかを理解することで、短い格言の奥にある剣道の姿勢が見えてきます。

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