「相談するときには過去を、楽しむときには現在を、何かするときには未来を思うがよい」。フランスの著述家ジョゼフ・ジュベールに由来する格言です。判断するとき、喜びを味わうとき、行動するとき。人間はそのつど、異なる時間の向きに注意を向けられるという言葉として読めます。ただし旧記事の「フランス革命期の軍人」という人物紹介は誤りです。原典はモラリストのジョゼフ・ジュベールによる思索で、1850年刊『Pensées, essais et maximes』第7章に確認できます。
フランス語原文と掲載位置
1850年刊『Pensées, essais et maximes』(『思索・試論・格言集』)の第7章は、人生の諸段階、老い、病と死を論じる章です。その中に、“Songe au passé quand tu consultes, au présent quand tu jouis, à l’avenir dans tout ce que tu fais.” と書かれています。
当サイトの説明訳は「考えを求め、判断するときには過去を。喜びを味わうときには現在を。そして何をするにも、その行為がもたらす未来を思いなさい」です。consultes は相談する、熟慮するという方向の言葉であり、jouis は楽しむ、享受するという意味です。流通訳の「享楽」は、放縦な娯楽だけを想像させる場合がありますが、原文は必ずしもそのような限定をしていません。
また、最後の dans tout ce que tu fais は「何か特定の大事業をするとき」に限らず、「自分がするあらゆることにおいて」という広い表現です。原文は、過去・現在・未来を別々の箱に閉じ込めるというより、状況に応じて意識の向け方を変えるよう促していると読めます。
「過去」は後悔するためだけにあるのではない
判断するときに過去を思うのは、同じ出来事を繰り返さないためだけではありません。以前どのような前提で決めたのか、何を学んだのか、どんな約束や関係を引き継いでいるのかを考えることも含まれます。
たとえば仕事の方針を変えるとき、数字の結果だけでなく、その数字が出た条件を振り返る必要があります。一方、過去の実績が良かったからといって、現在も同じ方法で成功すると保証されるわけではありません。これは現代への応用であり、ジュベールがデータ分析の手法を提示したわけではありません。
「現在を楽しむ」は、未来を忘れることなのか
原文の第二の部分では、喜びを味わう場面で現在に注意を向けるよう勧めています。誰かとの会話、音楽、風景、食事などを味わうとき、すぐに次の予定や後の評価に考えを移してしまえば、その体験自体を見落とすことがあるでしょう。
ただし、今さえよければ後に何が起きても構わないという主張ではありません。第三の部分では、行動の中に未来を見通す視点も示されています。現在の喜びと未来への責任を同じ文章に並べていることこそ重要です。
「未来」は、行動の結果を考えるためにある
何をするにしても未来を思うとは、未来の不安で動けなくなることとは違います。自分の行為が後々どんな影響を残すかを考え、必要な場合は予測を修正する、という読み方ができます。すべての結果を正確に予言することはできません。だからこそ、判断した後にも現実を見直す余地が必要です。
学ぶなら、今何を覚えるかだけでなく、それを何に使うか。人に言葉をかけるなら、その場の反応だけでなく、関係に何が残るか。過去から学ぶこと、現在を味わうこと、未来を考えることの間には、行き来があるのです。
同じ章の直前には「人生を書物のように整える」という言葉
この一節の少し前に、ジュベールは人生を自分の文章のように扱い、始まり・中ほど・終わりを調和させるべきだ、と記しています。そして、そのためには書いたものを何度も消したり、書き直したりする必要があると続けます。
この隣接する思索を合わせて読むと、「過去・現在・未来」は単なるスケジュールの使い分けではありません。人生を一度決めた計画どおりに固定するのではなく、振り返りながら書き直すことができるという感覚が浮かび上がります。過去を確かめ、現在を生き、未来へ向けて行動し直す。その循環を見いだすのは当サイトの読解です。
ジョゼフ・ジュベールは軍人ではない
ジュベール(Joseph Joubert、1754〜1824年)は、フランスのモラリスト、思索家として知られます。生前に大著を次々と刊行するタイプの著述家ではなく、ノートに短い考察を数多く書き残しました。没後、友人シャトーブリアンによる選集が1838年に刊行され、後年さらにまとまった編集版が出ました。
1850年の『Pensées, essais et maximes』は遺稿を編集した刊行物です。1850年をこの言葉が初めて考えられた年として扱うことはできません。一方、同じ姓の軍人バルテルミー=カトリーヌ・ジュベールとは別人です。旧記事が革命期の軍人の人生経験を根拠に背景を語っていたのは誤りであり、その説明を撤回します。
現代に生かすときの注意
この言葉を「相談では過去の話しかしない」「遊んでいる間は未来を考えない」といった厳格なルールにしてしまうと、かえって不自然です。現在の危険を察知する必要もあれば、経験が少ない新しい問題に過去だけでは対処できないこともあります。
より実際的には、何かの判断を始めるとき「以前何が起きたか」、誰かと時間を過ごすとき「いま目の前に何があるか」、実行するとき「後でどうなるか」と問うような、視点を変えるきっかけとして受け取れます。
原典と確認範囲
【原文・章】Joseph Joubert『Pensées, essais et maximes』第7章(1850年版)。該当のフランス語一文、その直前の「人生を書き直す」という比喩、章題を確認しました。
【同版の書誌と版面索引】Wikisource所収『Pensées, essais et maximes』1850年版第1巻。第7章が212〜232頁に位置することと、後世の編纂物であることを確認しました。
【編集刊本の前書き】1850年版『Pensées, essais, maximes et correspondance』の前書き・編纂情報。遺稿が編者の手でまとめられた版であることを照合しました。
監査判定:著者と1850年版第7章での原文掲載を確認済み。本人の手書きノート上の成立日と、日本語定型訳の訳者・初出は未確認です。別人の軍人との混同を解消し、記事中の日本語は既刊邦訳ではなく当サイトの説明訳として扱います。
同じ著者の別の思索についてはジュベール「発言を撤回しない人は真理より自分を愛する」を、出典の検証基準については名言・原典ガイドをご覧ください。

ジュベールの三つの時間は、人生の予定表の区分ではありません。過去を手がかりに考え、現在にある喜びを受け取り、未来に残る行動を選ぶ。1850年の編纂版に収められた短文から、私たちが時間と向き合ういくつもの方法が見えてきます。