「私たちの一切の悩みは、私たちが孤独で存在し得ないということから生まれてくる」。フランスのモラリスト、ラ・ブリュイエールの言葉です。一人の時間を持つことの大切さを説く格言として知られていますが、原著を確認すると、「一人でいられない」という心理から、人が遊興、浪費、中傷、妬みなどへ向かうという、長い列挙を伴う一節でした。単に人づきあいを否定する考えとせず、17世紀の人間観に即して読み直します。
出典は『Les Caractères』第11章「De l’homme」
ジャン・ド・ラ・ブリュイエール(Jean de La Bruyère、1645–1696)は、フランスのモラリストで、宮廷や社交界の人々の言動、虚栄、弱さを観察して短文にまとめました。その代表作『Les Caractères』(『人さまざま』)は1688年に初刊され、著者の生前に多くの版を重ねています。
この一節は第11章「De l’homme」(「人間について」)の第99項として、後世の刊本・本文で確認できます。冒頭は “Tout notre mal vient de ne pouvoir être seuls”。当サイトの説明訳は「私たちの不幸の多くは、一人でいられないことから生じる」となります。
フランス語の mal は苦しみや悪、災いを広く指し、現代日本語の「悩み」という語だけでは意味が狭まることがあります。また原文の ne pouvoir être seuls は「一人でいられない」という表現であり、「人は孤独になる運命だから悩む」という説明とは方向が違います。
実際に続くのは、どのような行動か
第99項は冒頭で終わりません。ラ・ブリュイエールは、人が一人でいられないことから、賭け事、贅沢、気晴らし、飲酒、無知、中傷、妬み、そして自分自身や神を忘れることが生じる、と続けています。
この羅列には、当時の道徳的な問題意識が色濃く現れています。人との付き合いが必要以上の競争や見栄に変わること、心の空白を埋めるために余計な行動を重ねることを、著者は警戒していると読めます。
ただし原文には女性を遊興の項目と並べる表現もあります。これは当時の男性中心的な社会観を含むものであり、現代の読者がそのまま受け入れるべき普遍的な道徳基準とは扱いません。その語を隠して無害な自己啓発の標語へ整えてしまうことも、史料の正確な説明とは違います。
第100項は「孤独は人を不安にさせる」とも書く
興味深いことに、すぐ次の第100項では、人は時に自分だけでは満足できず、暗闇や孤独によって恐れを感じ、退屈してしまうことがある、と書かれています。
つまり、ラ・ブリュイエール自身の文章のすぐ近くにも、一人で過ごすことが常に楽で、何の困難も生まないわけではないという観察があります。第99項だけを切り取って、孤独に耐えられない人を責めるのは短絡的です。
第101項には、退屈と怠惰、遊興や社会への欲求の関係を論じる一節も続きます。これらは、日常生活の行動を通じて人間の性格や価値観を考える文章群としてつながっています。
「一人の時間」と「孤立」は同じではない
自分の意思で静かな時間を選び、読書や散歩、思索に使うことと、人から切り離され、助けを得られない孤立状態は違います。一人になることを望む人もいれば、交流が安心や生活の支えになる人もいます。
この格言を読むとき、身近な人への依存を一律に悪いことと決めつける必要はありません。相手に相談する、困難なときに助けを求める、地域や友人との関係を育てることは、むしろ大切な生活上の資源です。
一人で過ごすことが苦痛な場合、その背景にはさまざまな要因があります。「あなたは一人でいる練習が足りない」と単純に評価しないことも、今の生活に即した読み方です。
ショーペンハウアーとパスカルも似た問題を論じた
ショーペンハウアーは『処世訓』の孤独を論じる章で、ラ・ブリュイエールのこの冒頭部分をそのままフランス語で引用しています。後世の哲学者が、孤独と社交について考える際に参照したことを確認できます。
一方、ブレーズ・パスカルも『パンセ』で、人が自室に静かにとどまっていられないことを多くの不幸と結びつけています。この二つは主題が近いものの、同じ文の著者が一人から別の人へ取り違えられたとする理由にはなりません。
ラ・ブリュイエールの具体的な文章は、原典の「De l’homme」第99項にあります。似た格言を見つけたら、原文と作品名を別々に確認することが重要です。
社交を否定する言葉ではなく、行動を点検する問いに
例えば人からの評価が気になって、必要のない予定まで増やしてしまうことがあるかもしれません。あるいは、一人で考えたいことがあっても、気晴らしだけを続けてしまう日もあるでしょう。
そんなとき、「自分は何を求めてこの予定を入れたのか」「誰かと会うことが喜びになっているか、それとも疲れを増やしているか」と問い直せます。これは当サイトによる現代的な応用であり、ラ・ブリュイエールが予定管理の方法を示したわけではありません。
逆に、誰かと話すことで考えが整理され、孤独な時間だけでは気づけなかったことに出会う場合もあります。一人になることと、他者と関わることを二者択一にしない姿勢が大切です。
「すべての悩み」を一つの原因で説明しない
原文は短い格言という文学的な形式であり、人間の苦痛が例外なく一つの原因から起こると科学的に証明した記述ではありません。病気、貧困、差別、災害など、本人が一人で過ごす力だけでは解決できない問題があります。
この言葉を、実際に困っている人を批判したり、適切な支援を求めることをためらわせたりするために用いるべきではありません。時代による価値観の違いを踏まえながら、自分の社交や時間の使い方に気づくきっかけとして読むことができます。
出典と確認範囲
【フランス語の原典本文】Jean de La Bruyère『Les Caractères』「De l’homme」、第99〜101項(Project Gutenberg)。問題の原文、列挙された行動、直後の孤独と退屈についての文章を確認しました。
【フランス語辞典の著者・出典表示】Larousse「solitude」。第99項のフランス語の言葉を、ラ・ブリュイエールの『Les Caractères』「De l’homme」の一節として照合しました。
【翻訳と引用史】WIST Quotations「La Bruyère, The Characters, 11.99」。初期から後世まで複数の英訳が伝わっていること、引用が原文の冒頭で省略されやすいことを確認しました。
【後世の哲学者による引用】ショーペンハウアー『Aphorismes sur la sagesse dans la vie』第5章(フランス語版)。ラ・ブリュイエールの一節を引用し、孤独と社交を論じる箇所を確認しました。
監査判定:ラ・ブリュイエール『Les Caractères』「De l’homme」第99項の原文を確認済み。 旧記事の日本語は前半の省略・意訳であるため、後半の具体例と時代背景を補いました。初刊1688年から現行の第99項が同じ字句で存在したかという版ごとの精密な照合、日本語訳の訳者と初出は今回未確認です。
関連する同著者の原典解説として「遠すぎる道はない」、出典の扱いについては名言・原典ガイドをご覧ください。

ラ・ブリュイエールの一節は、誰とも会わずに暮らすべきだという教えではありません。人づきあいや気晴らしが自分の生活を豊かにしているのか、それとも大切な問いから目をそらすためだけのものになっていないか。原典に戻って読むと、そんな自分への問いとして受け取れます。