はじめに|「心地良さを体で表現できる建築」の出典を調べる
「心地良さを体で表現できるような、そういう事が今の建築はできにくくなってる」。建築家・伊東豊雄の言葉として紹介される文章です。居心地のよい場所は、図面の上で用途を決めるだけでは生まれないのではないか。そんな問いにつながる表現でしょう。
しかし、冒頭の文章が本人のどのインタビューや著作に一字一句掲載されたのかは、今回の調査では特定できませんでした。名前を付けて流通する名言を、ただちに確定的な本人の引用として扱うことはできません。
一方、LIXILの公式サイトに掲載された伊東豊雄の監修者メッセージや、リクルートワークス研究所の本人インタビュー、東海大学の講演記録には、身体感覚や居心地のよさを重視する建築観が明確に残されています。本記事では原典未確認の一文と、裏付けを持つ別の発言を分けて解説します。
LIXILの監修者メッセージに残る、身体感覚という考え
LIXIL文化活動の「公共建築はみんなの家である」には、伊東豊雄の監修者メッセージが掲載されています。そこで伊東は、機能別に部屋を細かく分ける建築では、利用する人にとって楽しい場所や居心地のよい場所を作りにくいと論じています。
重要なのは、心地よさを人間の身体感覚にかかわるものとして説明している点です。目的ごとに利用者を決められた部屋へ誘導する建築では、本人がどう過ごしたいかという感覚が置き去りになりかねません。
ただし、このメッセージに冒頭の一文がそのまま書かれているわけではありません。LIXILの文章は、伊東の思想を本人に結びつけて確認できる資料ですが、流通する短句の逐語出典ではありません。
展覧会の計画と実際の開催を混同しない
この監修者メッセージは、2020年にLIXILギャラリーで予定されていた展覧会「公共建築はみんなの家である」に伴って掲載されたものです。公式ページには、新型コロナウイルス感染拡大防止のためLIXILギャラリーでの展覧会を中止したことが明記されています。
同じページには、伊東豊雄建築設計事務所が主催する同テーマの展覧会が同年7月から8月に座・高円寺で予定されたことも紹介されています。計画・開催・公開メッセージの区別は、資料の背景を正確に理解するために重要です。
展覧会の会期を見つけただけで、来場者が実際にその展示を見たと書くことはできません。今回直接根拠にしているのは、現在閲覧できるLIXIL公式サイト上の監修者メッセージの文章です。
機能で部屋を分けることへの問題提起
通常の公共施設では、図書館なら読書室、ホールなら客席、会議なら会議室と、機能に応じて場所が分かれています。これは管理や設備の運用には役立ちますが、人の活動が必ず同じ形に収まるとは限りません。
LIXILの伊東の文章では、機能という考え方を機械の部品になぞらえ、それぞれの活動を別々の空間へ振り分けてしまうことを問題にしています。人間が建築に合わせるのではなく、建築の中で人が自由に場所を選べるかという視点です。
だからといって、すべての壁や部屋をなくせばよいという意味ではありません。静けさ、プライバシー、段差の解消、安全性など、利用者が必要とする条件はさまざまです。機能による分割の利点を否定するのではなく、それだけで居心地のよさを決めないことが大切でしょう。
自然の中の多様な場所を、建築へ取り入れる
LIXILの監修者メッセージでは、自然の中には明るい場所や暗い場所、広い場所や狭い場所などがあり、人は自分の活動に合う場所を選べると説明されています。決められた用途だけでなく、そのときの気分や身体の状態によって居場所を変えられることを重視する発想です。
例えば、集中して本を読みたい人と、誰かと話しながら過ごしたい人とでは、快適だと感じる環境が違うでしょう。一つの大きな空間の中にも、落ち着ける場所や人と出会える場所があれば、過ごし方の幅が広がります。
もちろん、これは公式メッセージの理念を現代の日常に引き寄せて説明した部分です。どの施設でも同じ形が最適だとする設計基準を、伊東本人がここで定めたわけではありません。
せんだいメディアテークから見る「広場」のような建築
リクルートワークス研究所の2016年の本人インタビューでは、伊東が「せんだいメディアテーク」について、図書館やギャラリーの機能を持ちながら広場のような空間として構想したと語っています。
完成後に地域の人々が自由に使い、施設が自然と地域になじんだことを本人が振り返っています。利用者が過ごし方を選ぶ空間への関心は、本人取材でも確認できることが重要です。
同じインタビューでは、建築を設計者の独りよがりな作品にせず、利用者の共感を確かめながら一緒につくる姿勢が語られています。建物の形を整えることに加え、人がその場所をどう使い続けるかが問題になるのでしょう。
被災地の「みんなの家」が示す別の居心地
リクルートワークス研究所の取材で伊東は、東日本大震災後の被災地における集会所「みんなの家」についても話しています。人とつながれる共同の居場所として、建物の豪華さよりも、集まった人が落ち着けることを追求したという説明です。
ここからは、居心地のよさが単なるインテリアの好みではなく、人との関係や日常を取り戻すことにもかかわると読み取れます。建物が誰にとって、どのような役割を果たすのかが大切になるからです。
ただし、被災地に暮らす人々の感情を、建築家の言葉だけで代表させてはいけません。本人が取材で語った経験と、実際の利用者全員の評価は別であり、施設ごとの使われ方を調べて判断する必要があります。
2023年の大学講演に残る「体で考える」姿勢
東海大学の2023年6月27日付記事は、伊東豊雄が同月17日の建築都市学部セミナーで建築について話した内容を記録しています。伊東は、若い頃に菊竹清訓の事務所で、頭だけでなく体で考えることを学んだと振り返り、学生にも身体で感じることを大切にしてほしいと助言しています。
同記事では、人工的に均質化された空間が自然との距離を広げる問題にも言及しています。「体で考える」という仕事の方法と、「居心地のよさ」をめぐる建築の問いを、別の場での本人の言葉として並べて確認できます。
ただし大学の記事も、今回の冒頭の文章が最初に出た媒体ではありません。2023年に近い趣旨の発言が記録されたことと、流通短句の初出が確認できたことは別です。
今治タオル公式対談で語られた、自然のような居心地
今治タオル公式サイトの伊東豊雄・佐藤可士和対談では、伊東が建築を外部の自然から切り離さず、風や温度の感じ方も含めて考えたいという趣旨を語っています。本人が建築の方向性を説明した記録です。
この考え方からすると、設備で室温を整えることだけが快適さではないのかもしれません。風の通り方や人の居場所の選び方など、空間を使う人の身体が感じ取るさまざまな要素を重視する読み方ができます。
もっとも、自然との関わりを重視することと、設備やバリアフリーを不要だとすることは別です。本人の発言を「人工的な建物はすべて悪い」という単純な批判に置き換えないようにします。
まとめ|確認できる建築思想と、未確認の流通文を分ける
「心地良さを体で表現できる」という一節の逐語的な初出は、今回の調査では特定できませんでした。そのため冒頭の流通文そのものの出典状態は「要検証」とします。
一方、LIXILの監修者メッセージには身体感覚と居心地のよさに関する考えが書かれ、リクルートワークス研究所や東海大学の記録には利用者主体の建築や「体で考える」という本人の発言が残されています。思想の背景を確認できることと、ある一文を逐語引用できることは違います。
関連する「いじりまわせる建築」の本人談を扱う記事や「自然と切り離された都心生活」の検証記事とともに、空間を誰のために設計するのかを考える材料にしてください。
出典と残る確認項目
本人の思想を確認できる資料:LIXIL文化活動「公共建築はみんなの家である」(2020年。展覧会は中止、監修者メッセージが公開)、リクルートワークス研究所の2016年本人インタビュー。
別の本人発言記録:東海大学の2023年セミナー報告、今治タオル公式対談。いずれも身体感覚と自然についての考えを示しますが、冒頭の短句を一字一句確認した資料ではありません。
出典状態:要検証。今後は建築専門誌の当時のインタビューや本人著作から、流通文の原文・発言時期・前後の文脈を探す必要があります。引用判定の基準は出典ステータスの読み方にまとめています。