伊東豊雄「都心の生活は自然と切り離されている」|2016年の本人発言を解説

はじめに|「都心の生活は自然と切り離されている」は本人の言葉

「都心の生活は、あまりにも自然と切り離されてしまっています」。建築家・伊東豊雄のこの言葉は、2016年に公開された本人インタビューに、同じ文言で掲載されています。発言者・時期・文脈をたどることができる言葉です。

伊東は、都会の建物が便利か不便かという表面的な比較をしているわけではありません。東日本大震災後の被災地での経験を振り返り、自然と共に暮らすことや、人と人が支え合うことについて考えています。

本記事では、2016年の本人インタビューに掲載された原文の範囲を確認し、暮らしと建築の関係を読み解きます。後年のLIXILの監修者メッセージや別の取材記事は、思想の背景を知る資料として区別します。

2016年の朝日新聞社制作記事で逐語一致を確認

この言葉は、朝日新聞デジタルの「土に近づき風が抜ける、自然と人に触れる暮らしを」という伊東豊雄のインタビューに掲載されています。公開日は2016年1月1日です。

ページには「広告特集 企画・制作 朝日新聞社メディア事業本部」と明記されています。朝日新聞社が制作した媒体で本人の発言を読むことはできますが、一般の報道記事と広告企画を同一視しないことも重要です。

原文の該当箇所は、伊東が都市で暮らしている自分も自然を感じることが少ないと語る流れにあります。問題の一文そのものを掲載記事で確認できたため、引用の出典状態は「出典確認済み」と判断します。

背景にある東日本大震災後の被災地との関わり

同じインタビューで伊東は、東日本大震災の後に被災地を訪れ、人々と関わった経験から、都市の生活と自然との距離を強く意識するようになったと語っています。

農業や漁業に携わってきた人々の暮らし、地域のつながり、避難生活の中で助け合う姿について話しています。都市の建築が何を忘れてきたのかを、自分の経験を通じて問い直したことがうかがえます。

ただし、本人が見た地域の様子を、被災地の人全員の経験として一般化してはいけません。震災後の生活には多くの違いがあり、建築家の取材で語られた観察と、被災者全体の声は別です。

「自然から離れる」とは具体的に何を指すのか

都会の暮らしでは、室内の温度や明るさを機械で調整し、雨や風にあまり触れずに過ごすことができます。これは快適さと安全をもたらす一方、季節や天候の変化を感じにくくなる場合もあります。

伊東はインタビューで、自然と切り離された暮らしによって動物的な感受性が薄れていくように感じると述べています。人間の身体を自然から独立したものとして考えてしまうことへの違和感がうかがえます。

ただし、これは本人が語った生活感覚や建築への問題提起です。都市住民の感覚機能が医学的に低下していることを証明した研究結果ではありません。建築家の比喩を科学的事実として断定しないようにします。

自然と人との距離が重なるという視点

同じ取材では、仮設住宅へ移ることをためらった人々の話も登場します。理由の一つとして、避難所で一緒に過ごした地域の人たちと離れることへの不安が紹介されています。

伊東は、自然との距離だけではなく、身近な人との関係も重要だと考えています。人がどこで暮らすかを決める際、建物の機能だけでは測れない価値があるという問いです。

一方で、避難所に住み続けることを理想化するべきではありません。安全や生活の安定、プライバシーなど必要な条件があります。人のつながりを大切にすることと、住まいの安全・衛生を確保することは両立すべき課題です。

都市に残りながら自然とつながる設計

「都心の生活が自然から離れている」と聞くと、街を離れなければ解決しないように感じるかもしれません。しかし伊東の2016年の取材では、建物の中に自然を取り入れ、暮らしのあり方を変えることについても話しています。

例えば風が抜ける空間、外と室内を緩やかにつなぐ場所、住民同士が顔を合わせられる共有の場所などが考えられます。便利さを捨てるのではなく、自然と接する機会を日常の建築へ戻す発想です。

ただし、建物の構造や安全性によってできる工夫は異なります。現在住んでいる住宅を無理に改造すべきだという話ではありません。個々の建物の条件や管理規約を踏まえて考える必要があります。

LIXILの本人メッセージが示す「居場所を選ぶ」こと

LIXIL文化活動「公共建築はみんなの家である」では、伊東が、建築の中でも自然にいるように人が自由に場所を選べることを重視するメッセージを掲載しています。

そこでは、決められた部屋ごとに人の活動を固定してしまう建築より、多様な場所があり、使う人が過ごし方を選べる建築への関心が語られています。身体と自然との関係を、具体的な公共建築のあり方へ結び付けた説明です。

ただし、これは2020年に公開された別資料です。問題の2016年の一文をLIXILで確認したわけではありません。確認済みの原文と、後年の思想を補う資料を区別して紹介します。

「みんなの家」から考える居心地のよい場所

リクルートワークス研究所の2016年の本人インタビューでは、伊東が震災復興に関わる「みんなの家」について、人と人のつながりを感じられる場として考えてきたことを話しています。

建物が美しいかどうかだけではなく、使う人がそこに集まり、落ち着いて過ごせるかという視点が大切になります。設計者の思いが、利用者の日々の行動によって確かめられるという考え方です。

もっとも、空間の居心地は人によって異なります。静かで一人になれる場所を求める人もいれば、賑やかな場所を好む人もいます。多様な利用者の選択肢を考えることは、誰か一人の理想を押し付けないためにも重要です。

まとめ|都市を否定するのではなく、暮らしを問い直す

伊東豊雄の「都心の生活は、あまりにも自然と切り離されてしまっています」という一文は、2016年1月1日公開の本人インタビューに掲載されており、出典と文言を直接確認できます。

発言の背景には、東日本大震災後の被災地との関わりがあり、自然の中で暮らす感覚や地域のつながりを考える問題意識があります。都市の利便性を全否定する言葉ではなく、都市の中でも自然と人との接点を増やせないかという問いです。

関連記事として「心地良さを体で表現できる建築」の出典検証、「建築と都市」から大三島への視点の転換も参照できます。原文を読んだうえで、異なる場所での本人の発言を比較することができます。

出典・判定と確認の範囲

原文:朝日新聞デジタル「土に近づき風が抜ける、自然と人に触れる暮らしを」(2016年1月1日)。同ページは朝日新聞社が企画・制作した広告特集であり、本人の該当する一文を確認できます。

関連する本人資料:リクルートワークス研究所の本人インタビュー(2016年)とLIXIL「公共建築はみんなの家である」の監修者メッセージ(2020年)。関連する建築観を示す資料であり、今回の引用文の初出ではありません。

出典状態:確認済み。言葉の意味を判断する際は、震災後の被災地経験と自然・人のつながりに関する前後の説明を重視します。判定基準は出典ステータスの読み方で公開しています。

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