伊東豊雄「建築を考えることとは都市を考えること」|大三島で変化した建築観

「私自身もそうでしたが、建築を考えることとは都市を考えることと教えられてきました。」

この言葉は、伊東豊雄が大三島での活動を語ったインタビューで実際に述べたものです。

重要なのは、この後に「しかし」が続くこと

この一文だけを見ると、「建築と都市は一体である」という伊東の信条のように見えます。

しかし本人は続けて、都市中心の建築教育によって「都市以外のことは考えられなくなってしまった」と振り返っています。

そして都市開発が行き詰まる中、地方へ目を向け、地方と都市のつながりを考えることが重要だと語ります。

つまり、この言葉は従来の建築観を問い直す文脈にある

旧来の解説のように「建築を考えることは都市を考えることだ」と肯定だけで終えると、文脈を逆にしてしまいます。

伊東が語っているのは、自分たちが長く都市中心に考えてきたことへの反省です。

箱をつくるだけではなく、地域でどう暮らすか、地方と都会をどう結ぶかまで考える。それがこれからの建築家の役目だと述べています。

大三島は建築観を変える実験場になった

インタビューでは、大三島を舞台に、建築家が地方で何をできるかを塾生とともに探る活動が紹介されています。

建築を都市の造形だけでなく、暮らしや地域との関係から考え直す。その変化を理解すると、この一文の意味も大きく変わります。

出典と判定

本人発言は、T JAPANの「伊東豊雄が瀬戸内海の島で挑戦する 明日のライフスタイル」で確認できます。

発言の前後まで確認できるため、この記事では「出典確認済み」と判断します。

引用の判定基準は出典ステータスの読み方にまとめています。

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