井上陽水「人気歌手になるとは思わなかった」|『氷の世界』大ヒットの戸惑い

人気歌手になるとは思わなかった――1973年の予想外の成功

「僕自身、人気歌手の対象に自分がなるとは夢にも思わなかった」。井上陽水の言葉として紹介される一節は、成功した人が謙虚であろうとするための教訓ではない。アルバム『氷の世界』が予想を超えて広く聴かれ、自分を取り巻く状況が急に変わったときの戸惑いを本人が振り返った言葉である。

本人が語ったのは、2014年5月20日公開のオリコンニュースのインタビュー。『氷の世界』発売から約40年を機に行われた取材であり、聞き手は大ヒットを受けたときの心境を尋ねている。井上は、作品が完成したときに特別な大作を作ったという感覚はなかったと話した。完成した作品への手応えと、社会的な大成功の予感は同じではなかった。

さらに井上は、売り上げや人気について、時代の後押しや偶然が重なったという見方をしている。福岡にいたころから天下を取ろうとするような野心があったわけでもないと振り返った。結果をすべて本人の計画や能力へ還元しない点に、この発言ならではの面白さがある。

『氷の世界』のミリオンセラーと、自分の感覚のずれ

『氷の世界』は1973年に発表されたアルバムで、日本のアルバムとして初めてミリオンセラーを記録した作品として知られる。2014年の取材では、この歴史的な結果を、井上本人が冷静さと冗談を交えて振り返っている。

もっとも、井上は驚いていただけではない。自分にも若さゆえの妙な自信があり、ヒットは当然だと強がる気持ちも少しあったと笑っている。完全に謙虚な人が一度も調子に乗らず成功したという物語ではない。うれしさ、自信、動揺が同時にあったという説明だ。

旧記事は「成功のときこそ謙虚さを忘れない」と単純化していた。しかし、本当に興味深いのは、本人の予測が当たらなかったことと、周囲が次々に新しい役割を求め始めたことである。自分が作りたい音楽と、世間が求めるスター像の間には距離があった。

テレビやCMのオファーをどう受け止めたのか

『氷の世界』の成功後、所属事務所にはテレビやCMなどの出演依頼が相次いだという。井上は2014年の取材で、それらの多くを断ったと語っている。注目が集まるほどあらゆる機会をつかむべきだ、とは当時の本人は考えなかった。

ただし、テレビに出なかった理由について、戦略的に希少価値を高めるためだったと本人が断言したわけではない。本人は、人付き合いの面で普通の社会人らしく振る舞えなかったことや、相手の態度を悪く受け取りすぎた可能性にも触れている。後から見て成功した選択を、最初から計算されたマーケティング戦略だったと決めつけないことが重要だ。

取材で井上は当時の自分を、へそ曲がりだったのか、自信過剰だったのか、あるいはただ動揺していたのかとユーモラスに振り返る。ひとつの理由ですべてを説明できないことを、本人がむしろ認めているのである。

人気があることと、音楽を続けることは別の問題

ヒットをきっかけに表舞台へ出れば、音楽を届けられる場所は増える。しかし、新しい出演や宣伝の仕事が増えれば、必ずしも楽曲制作へ向ける時間も増えるわけではない。井上は大きく広がるブームに、どこか奇妙なものを感じていたと語った。

この点は同じ取材から生まれた「ブームはワケのわからない感じになる」の記事と、「アーティストが枯れていく可能性」の記事にもつながる。一つの取材の連続した発言なのに、それぞれ独立した人生訓へ分解すると見失う文脈がある。

一方、テレビに出た音楽家は芸術性が低いという話でもない。出演が活動に役立つ人もいれば、演奏を通じて新しい聴衆へ届く人もいる。井上が語ったのは、自分にとってどう感じたかという個別の経験であり、すべてのアーティストが従うべき正解ではない。

出典を確認して読む「成功への戸惑い」

予想外に大きな評価を得ると、自分で考えていた仕事の役割と、周囲が期待する役割は食い違うことがある。井上の経験から考えられるのは、評価を得たら必ずそれに合わせて自己像を変える必要はないということだ。ただし、これは取材からの編集上の解釈であり、本人が万人向けの助言として述べたわけではない。

確認できる原文はオリコンニュース「名盤『氷の世界』を“解凍” 自身が語る制作舞台裏!!」(2014年5月20日、5ページ目)にある。当サイトの旧記事の引用文はこの本人インタビューに一致するが、収録時の録音や校正前の発言までは確認していない。

発言は謙虚さの模範というより、売り上げが予想外に膨らみ、人気歌手という新しい立場へ押し出されたときの複雑な回想だ。大きな成果が本人の心の中でどう受け止められたかを、成功の物語だけで覆い隠さないことが、この言葉を読む面白さにつながる。

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