植田まさし「アイデアの種は無限にある」|496冊目のノートと連想の方法

「アイデアとなるものは無限にある」を、そのまま信じてよいか

「無限にあると思ってるんです、アイデアとなりうるものは」。漫画家・植田まさしに帰されるこの言葉は、何も考えなくても面白い案が次々に湧くという話に聞こえるかもしれない。しかし、毎日新しい4コマ漫画を描くため、ものの見方を変え、思いついたことを書き留めてきた実際の仕事と結び付けると違う意味が見えてくる。

この短い文は複数の名言サイトに掲載されているが、初出のインタビュー日時と一字一句の文脈は今回確認できなかった。一方、2017年7月の文春オンライン取材には、長年のアイデアノートや、発想を助けるためのメモの実物について本人が語った記録がある。名言の完全な逐語原典が未特定であることと、本人の制作習慣が取材で確かめられることは分ける。

旧記事は「アイデアは無限に湧き出し、誰もが発想力を発揮できる」という万能な励ましに広がっていた。しかし、植田は考えても面白いオチに至らず、案を途中で止める場合もあると実例で示している。無限という言い回しを、発想の成功確率が百パーセントだという約束に変えないことが大切だ。

2017年の取材で見えた、496冊目のアイデアノート

文春オンラインの取材で植田が紹介したノートは496冊目だった。これは2017年当時に使っていた冊数であり、現在も同じ冊数だという意味ではない。そのノートは一ページが八つの区画に分かれていたが、植田は必ず完成した4コマを二本ずつ描くわけではないと説明している。ノートは完成品を並べる場所ではなく、思いついた途中の段階を残す場所だった。

取材では、竹やぶという題材からタケノコ、かぐや姫、パンダ、虎へと連想を進めた例が紹介されている。最後には虎のしっぽを踏む動きへ結び付けようとしたが、よい発想に至らず止めたという。意外な組み合わせを試しても、使える作品にならないことがあるという実例であり、成功した案だけを集めた美談ではない。

その連想の過程では、一見関係のない言葉同士が次々に結び付いている。ひとつの連想が作品にならなくても、どこまで考えたかを記録すれば、後で見直すことができる。もっとも、この方法を誰もが模倣すれば面白い漫画を描けるとは限らない。発想の幅を広げる手がかりと、作品の出来を判断する力は別である。

チェックリストとメモが支える発想の仕組み

2017年の仕事場訪問記事には、机やパソコンの近くにさまざまなメモが残されていたことが紹介されている。植田は、作品ごとの人物の考え方を忘れないよう短冊に書き留め、パソコン画面には発想のためのチェックリストを用意していた。毎回すべてを頭の中だけで考えず、外部の道具へ記憶や問いを置いていたのである。

たとえば「大きくする」「小さくする」といった問いは、目の前のものへ違う条件を与える手がかりになる。普通の大きさの物体が極端に大きくなったらどうなるか、逆に小さくなったら何が困るか。そう考えれば、ふだん見慣れた道具からも新しい状況を作れる場合がある。特別な題材を求めるより、いつもの物体に新しい条件を与えるという発想だ。

ただし、アイデアノートが大量にあるから、毎回独創的な漫画が描けるという直接の証明にはならない。ノートに何を書き、どの案を選び、どこを描き直したかという判断が重要だ。道具が発想を自動生成するのではなく、考える過程を続けやすくすると捉えたい。

一つのアイデアと、読者へ届く4コマは違う

植田は別の文春オンライン取材で、4コマ漫画の最後のコマから考えると説明している。発想の核となるのは、コップやテーブルのような具体的な物体を使った仕掛けだという。たくさんの候補があっても、最後のコマで読者が何を発見するかが見えなければ、作品として整えにくい。

ここでは、連想の数を増やす作業と、四コマの形へまとめる作業を区別できる。自由に言葉をつなげる段階では突飛な案も歓迎する一方、最終稿では読者が状況を理解できる絵や流れが必要になる。発想の自由さと、伝達の分かりやすさを異なる工程で調整することが求められる。

この違いは他の仕事にも応用できる。広告の企画なら候補を数多く出しても、実際の顧客に何が伝わるかを確かめなければならない。ただし、それは植田が広告戦略全般を説いたという意味ではない。四コマ漫画の仕事から考えられる編集上の応用であり、本人の言葉そのものと区別したい。

発想を増やすことより、選び続けること

「無限」という表現は、アイデアが物理的に無限個存在すると証明した数字ではない。まだ見つけていない組み合わせや視点があるかもしれないと、探すことをやめない姿勢として受け取る方が自然だろう。何もないと決めつける前に、ものの大きさ、使い方、置く場所などを変えて考える余地がある。

言葉の流通形は植田まさしの名言一覧で確認した。実際のノートの冊数と連想の例は文春オンライン2017年の仕事場取材・3ページ、メモや発想のチェックリストは同取材・2ページで確認できる。名言集の文章は逐語出典未特定、文春の取材は具体的な制作方法を示す本人証言として区別した。

関連記事の「絵よりアイデアが先」では、思いつきを4コマの構成へ落とし込む順序を、「ぎりぎりまで描く」では、締め切りまで原稿を届ける仕組みを扱う。発想を広げる、作品にまとめる、読者へ届けるという三つの仕事を、それぞれ別の角度から確かめる構成にした。

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