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大谷竹次郎「好きな事業に手を出すべきだ」|松竹創業と仕事を続ける責任

「同じ事業をやるなら、人間は自分が好きな事業に手を出すべきだ」。演劇と映画の会社・松竹を興した大谷竹次郎の言葉として紹介される一節です。好きなことを仕事にするという読み方は自然ですが、「好きであれば収益や顧客への責任は考えなくてよい」という意味にはなりません。松竹の公式沿革と松竹大谷図書館の記録をたどると、大谷が好きだった演劇を、興行の仕組みと文化の継承へ結びつけてきた歩みが見えてきます。

言葉の出典はどこまで確認できるか

この言葉は、実業家を紹介する『企業名鑑』や、大谷の経歴を扱う久恒啓一氏の文章に掲載されています。また、2023年の読書記録では、木村進著『先人の教え×賢人の知恵 日本の名言100』(総合法令出版)210ページの引用として紹介されています。

これにより、少なくとも名言集の具体的な書名と候補ページが分かります。ただし、今回その本の210ページを直接開いて照合したわけではなく、竹次郎本人の発言原稿や講演記録の所在も特定できていません。ウェブ上では「同じ事業をやるなら」「同じく事業をやるなら」のような違いもあります。名言集への掲載と、本人の発言そのものの確認は分けて扱います。

1895年、京都の小さな興行から始まった

松竹株式会社の公式社史によれば、1895年に大谷竹次郎が京都・新京極の阪井座の興行主となったことが、会社の創業とされています。1902年には兄の白井松次郎とともに興行事業を発展させ、二人の名前から「松竹」の呼び名が知られるようになりました。

ここで注目したいのは、演劇を観客として好きだっただけではなく、出演者、劇場、観客、興行資金を結びつける側へ移ったことです。好きなものを広く届けるには、舞台を成立させる多くの仕事を引き受ける必要があります。

松竹は1906年に大阪の中座で本格的な興行を行い、1909年には人形浄瑠璃の文楽座を直営に、1913年には歌舞伎座で興行を開始しました。1920年には松竹キネマを設立し、演劇だけでなく映画の製作と配給にも事業を広げています。これは単に好みを貫いた歴史ではなく、興行の方法を更新してきた歴史でもあります。

「好き」の対象は、変えずに守るだけではなかった

演劇を好むことと、現在の興行方式を変えないことは同じではありません。歌舞伎・文楽の興行を続けながら映画事業へ参入した歴史には、文化を伝える仕組み自体を変える選択がありました。

松竹大谷図書館の公式紹介によると、竹次郎は1955年の文化勲章受章を機に、演劇と映画の資料を保存し、一般へ公開することの必要性を改めて考え、図書館を設立しました。本人の言葉として同図書館が紹介する文章には、散逸する資料を社会のために残すという考えが述べられています。

こうした実例は、単なる個人的な楽しさを超えています。舞台を見る人、演じる人、未来に資料を研究する人まで含めて、自分が携わる分野の価値を長く残すことへ関心が広がっていたと考えられます。

好きな事業にも、選んだ後の責任がある

事業は顧客から対価を得て成立します。どれほど経営者が好きな領域でも、提供する品質、働く人の安全、支払うべき費用、需要との距離を無視すれば続きません。

竹次郎が好きな事業を選ぶべきだと本当に発言したとしても、それを「好きなことなら無条件に成功する」という因果へ広げることはできません。本人の事業には資金や興行上の失敗もあったはずですが、今回の資料だけでは各事業の採算を具体的に検証できないため、数字を作って成功の根拠にすることもしません。

現代の仕事選びで使うなら

  • その分野の何が好きなのか。商品だけか、顧客との関わりか、作る工程なのか。
  • 好きな事業を続けるために、誰のどんな問題を解決する必要があるか。
  • 苦手な作業や失敗が生じた場合に、学び直す方法と協力者がいるか。
  • 自分が辞めた後も、知識や作品が残る仕組みをつくれるか。

これは大谷竹次郎が定めた四原則ではありません。松竹の沿革と、文化資料を残すための事業を手がかりに本記事が整理した問いです。

出典確認状況と参考資料

引用は書名・候補ページを持つ二次資料まで追跡しましたが、本人の原発言の初出は未確認です。そのため「文言変化・意訳」「要検証」で管理します。一方、会社の創業年、兄弟による興行、映画事業への進出、図書館設立は松竹の公式資料で確認しました。

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大谷のもう一つの経営観として「世に価値があるなら成し遂げられる」の記事があります。また、名前の似た別人であるホテルニューオータニ創業者・大谷米太郎の歩みは「階段を一段ずつ上がった」で扱います。名言の出典管理は出典ステータスガイドをご覧ください。

好きな仕事に関わるというのは、毎日楽しいことだけを選ぶという意味ではないのでしょう。大谷竹次郎の足跡には、劇場を経営し、映画という新しい媒体へ取り組み、資料を次世代へ残す活動までありました。個人的な関心を、長く人々へ届く仕事へ変えること。その困難と魅力をあわせて考えたい言葉です。

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