鎌田實「面倒をかける人も、みる人も大切」|支える側と支えられる側

はじめに

「面倒をかける人がいて、面倒をみる人がいる。どちらも大切な存在なのだ」。この言葉は医師・作家の鎌田實の名言として伝わっています。人は誰かを助ける日もあれば、思いがけず助けてもらう日もあります。助ける側だけが価値のある人なのかという問いから、支え合いの意味を考えます。

今回確認できたのは、名言集などでの流通形と、鎌田本人が「寄りかかったり、寄りかかられたり」と題して書いた2025年の連載、そして地域医療・介護について語った本人インタビューです。ただし、最初の長い引用の出典となった著作や発言の日時は特定できていません。似た主張を別の資料で確認することと、引用の真正性を確認することは別です。

誰かの世話になるのが苦手な人は少なくありません。助けを求めるだけで「迷惑をかけた」と感じることもあります。しかし、本当に相手を大切にするなら、助ける人の負担と助けられる人の尊厳を同時に見つめることが必要でしょう。

「面倒をかける」という流通句の出典

問題の日本語は、鎌田實の名言としてまとめられたページなどに掲載されています。しかし、著者の講演録、著書のページ、発話音源を特定できないため、元記事の引用文全体を確定的な本人発言として掲げることは控えます。出典状態は「要検証」です。

これに対し、2025年6月30日の『日刊スポーツ』で鎌田自身が書いた連載は、支え合いについての一人称の文章です。自分が助けてもらった経験と、別の誰かを支えることへの思いが書かれています。本人の表現で思想をたどれる資料として、この文章は有力です。

その連載には、相手に甘えるだけでなく、誰かが寄りかかってきたときに支えられる人でもありたい、という趣旨が示されています。互いの立場がいつも固定されているわけではないのです。支援を「立派な人から弱い人への一方通行」にしない視点が見えてきます。

支える側と支えられる側は入れ替わる

元気なときは人の相談に乗れる人でも、体調を崩せば助けが必要になります。仕事に詳しい人も、新しい分野に入れば初心者です。人は場面ごとにできることが違い、いつでも支える側にいるわけではありません。この当たり前の事実を忘れると、助けを受ける人が遠慮しすぎてしまいます。

鎌田自身も、日刊スポーツの連載で周囲の人から大切にされてきた経験を振り返っています。自分が助けられたから、次に誰かを支える力を持ちたいという考えには、助けられた過去を恥じるのではなく、今後の人間関係に生かす意味があります。

ただし、助けてもらった人には必ず恩返しをする義務がある、という意味にしてはいけません。重い病気や障害、生活上の事情で、同じ形の支援を返せないこともあります。役に立つかどうかで人の価値を測らないことも、支え合いを語る際に欠かせない前提です。

介護を受ける人の望みを聞く

『みんなの介護』の鎌田本人へのインタビューでは、介護は相手の身になって考えられるかが大切だと語っています。「よかれと思うこと」をするだけでなく、介護を受ける人が何を望んでいるのかを探る姿勢です。生活の小さな楽しみを守ることも、尊厳に関わります。

このインタビューには、医師・看護師・介護職の立場を固定せず、必要に応じて互いを支える仕組みへの提案も登場します。専門性には役割の違いがあっても、誰か一人がすべてを背負う必要はありません。職種を越えて連携することが、当事者の生活を支える方法になるのです。

介護を受ける人の意思を尊重することは、危険な行動を無条件に容認するという意味ではありません。安全を確保しながら、本人の希望をどう実現できるかを相談する余地があります。本人の自由と必要な安全対策を対立させずに考えることが求められます。

介護する人にも支えが必要

誰かの命や暮らしを支える人も、疲れ、迷い、助けが必要になることがあります。ケアを受ける人の尊厳を守るために、介護する家族の生活を犠牲にし続ければよいわけではありません。ケアを担う人にも休息と相談先が必要です。

厚生労働省の「家族介護に直面している方への支援」は、各市町村にある地域包括支援センターを介護の総合相談窓口として紹介しています。どこから始めればよいかわからないとき、専門職に相談できます。一人で抱え込まないための制度や窓口が用意されていることも知っておきたいところです。

支える側と支えられる側がいつも笑顔でいられる必要はありません。怒りや不安、疲れが出る日もあるでしょう。無理をしすぎて関係が壊れる前に助けを求めることは、責任を投げ出す行為ではありません。長く続けられる支援は、誰か一人の我慢だけに依存しないのです。

「命を支える」とは生活を支えること

ユーキャンの『鎌田實講話集』公式案内では、第7巻に「命を支えるということ」が収録されています。そこでは退院後の生活まで思い描けていなかった自分を省みたことが紹介されています。病院での治療が終われば支援も終わり、という発想を見直す手掛かりになります。

また、首都医校による2019年の鎌田の特別講義報告には、健康づくりや地域包括ケアなどが話題になったことが記録されています。学生の感想には、相手の気持ちや意思を尊重することへの学びが見られます。命を支えることを、治療行為の中だけに閉じ込めない考え方です。

家に帰ってから買い物ができるか、誰かと話せるか、安心して眠れるか。こうした日常の条件は、病名だけでは見えてきません。助ける相手を一つの症状ではなく、一人の生活者として見ると、必要な支援の形も変わってくるでしょう。

まとめ

「面倒をかける人がいて、面倒をみる人がいる」という流通句の原典は、今回確認できませんでした。一方、鎌田自身が支えられる経験と人を支える経験の両方を語っていることは、本人執筆の連載や介護についてのインタビューから確認できます。

助けられる人は恥じる必要がなく、助ける人も無理をし続ける必要はありません。誰かの尊厳を守るためには、助けを求められる関係と、社会的な支援の仕組みが両方必要です。

鎌田の関連記事「医療は生と死の両方を支える」、「大事なのは、その人の人生」も、命と暮らしを支えることを別の角度から考えています。人に何をしてあげられるかだけでなく、どんな関係や制度があれば支え合えるのかを問い続けたいところです。

出典と確認範囲

日刊スポーツ「寄りかかったり、寄りかかられたり」(2025年6月30日、鎌田實本人による文章):支える・支えられることについての本人の考えを確認。みんなの介護「鎌田實・賢人論」:介護を受ける人の希望と職種間連携の考えを確認。

ユーキャン「鎌田實講話集」公式案内:第7巻「命を支えるということ」のテーマを確認。首都医校の特別講義報告:2019年の講義の実施と内容を確認。厚生労働省「家族介護に直面している方への支援」:相談窓口を確認。冒頭の長い流通引用の初出・逐字一致は未確認のため出典ステータスは要検証です。

ほかの記事を探す

記事の訂正・出典情報は、お問い合わせから該当記事のURLと根拠資料をお知らせください。