「面白いだけのことで本を読むのであれば、いっそ本を読まずに芝居か寄席に行くがよい」。幕末の長岡藩士・河井継之助の言葉として紹介されるこの一節は、読書を単なる娯楽としない姿勢を表しています。ただし、河井が演劇や物語は学ぶ価値がないと言ったと理解するのは不正確でしょう。別の逸話では、浄瑠璃を読んで人の心を知るよう勧めています。
出典は河井継之助記念館の2006年小冊子
2006年12月27日に河井継之助記念館が発行した『河井継之助のことば』の全文は、2022年公開の「河井継之助のことば」紹介ページで確認できます。そこには、河井が「面白いというだけのことで、本を読むのであれば、芝居か寄席へでもいくがよい」と語ったという趣旨の言葉が収められています。
小冊子の説明によると、この資料は今泉鐸次郎の『河井継之助傳』から言葉を選び、平易に書き直したものです。元の表現から文体や漢字を変えている可能性があるため、旧記事にある「いっそ」「往く」の字句が、河井本人の逐語的な発話として確認されたわけではありません。
発言の相手は久敬舎の仲間・刈谷無隠
小冊子では、この言葉は久敬舎で仲間だった刈谷無隠に対して語ったものと説明されています。久敬舎の学問の場を知ったうえで読むと、読書をめぐって仲間へ投げかけた、挑発的な問いとしての性格が見えてきます。
ここで本を読む目的として河井が何を考えていたかについて、小冊子には「学問というものは実行しなければ何の役にも立たない」という別の言葉もあります。そちらも刈谷無隠へ伝えたとされています。二つを併せると、知識を増やすだけでなく、人生や現実の判断に役立てようとする姿勢がうかがえます。
「読書は楽しんではいけない」という教えではない
読書には情報を得る、物語を味わう、ものの見方を広げる、休息するなど、複数の価値があります。楽しむために本を読むことも、読者にとって十分な意味がある行為です。
河井の一節をそのまま現代のすべての読者への命令にして「娯楽目的の読書は無意味だ」と断言することは、歴史的な学問観を必要以上に一般化することになります。本人が特定の学友へ向けて何を問いかけたのかという文脈を残すことが大切です。
では芝居や寄席は、何も学べない場所なのか
芝居や寄席を例に挙げたからといって、河井が芸能を軽んじていたと断定するのも危険です。河井継之助記念館の同じ小冊子には、河井が浄瑠璃を読んで世情の機微と人の心を学ぶよう勧めたという別の逸話があります。
当サイトの「人情に通じ、血と涙がなくては駄目だ」では、町同心たちに古典だけでなく浄瑠璃を読むよう語ったとされる文脈を説明しています。物語や芸能にも学ぶ意味を認めた人物の言葉として、この読書論を読むと、単純な娯楽否定とは違う姿が見えます。
「学問を実行する」とは何を意味するか
勉強した内容を現実へ応用するには、知ったことが正しいかを確かめ、具体的な状況に応じて考える必要があります。書物の中の倫理や制度の説明が、いつでもそのまま現実の問題の答えになるとは限りません。
河井が学んだ山田方谷の藩政改革など、当時の学問と政治の実践は深く関わっていました。しかし、この名言を今日の実務書だけに当てはめたり、読んだ後に目に見える成果を出さなければ価値がないとしたりする必要はありません。
本を読むときの一つの問い
読み終えた本について、何が気になったのか、以前の考えと違ったのはどこか、誰かへ話してみたい点は何か。こうした振り返りは、読書を自分の経験につなげる助けになるかもしれません。必ず仕事の成果へ転換する必要もありません。
同じ文章を何度も読んで印象が変わる場合もあります。読書の楽しさと、自分の見方が深まることは、対立せずに両立し得ます。これは当サイトの現代的な応用例であって、河井がこの具体的な読書ノート術を提案したわけではありません。
学問と芸能を二項対立にしない
歴史上の一節を読む際には、その一言がいつ、誰に向けて語られたかを確かめることが欠かせません。学友を刺激するための表現を、今日の教育方針を決める普遍的な規則として扱うと、言葉が持つ本来の鋭さも失われます。
むしろ「なぜ自分はこれを読もうとしているのか」を考えるきっかけにするのがよいでしょう。楽しみでも、学びでも、休息でも、読者の目的が違えば本との付き合い方も変わります。
出典と確認範囲
出典状態:要検証/現代語への文言変化あり。河井継之助記念館の2006年小冊子が、今泉鐸次郎著『河井継之助傳』をもとに書き直した文章として、この言葉を刈谷無隠へ語ったものと紹介しています。伝記の該当原文や発言当時の直接記録は未照合で、語順・漢字の逐語一致は保証できません。
資料:『河井継之助のことば』(2006年小冊子全文の再掲) / 国立国会図書館『河井繼之助傳』書誌。関連記事:「血と涙」と浄瑠璃の教え / 外山寅太への「商人になりやい」。
