「創造は物事を前進させる」。川久保玲の言葉として知られるこの一節は、ものづくりを続ける人に響く表現です。一方、当サイトの旧記事では「新しいものがなければ進歩はない。創造は新しいものに等しい」とつなげて紹介していました。しかし、確認できた掲載例には「社会の進歩」と「洋服を作ること」への言及があり、旧記事の文言とは一致しません。
今回は、短い名言の語句の差をそのまま残すのではなく、どの部分を資料で確認でき、どの部分が未確認なのかを整理します。同時に、美術館が所蔵・展示する実際の作品を通して、川久保の創造が単純な「新しいことをすればよい」という宣言にとどまらない点を考えます。
原典の状況:引用の流通は確認できるが初出は未特定
コム デ ギャルソンを専門に扱うメディアCDG FREAK「川久保玲が世に放った15の名言」(2022年8月19日)では、「創造は物事を前進させる」と始まる言葉が川久保名義で掲載されています。
ただし、その続きは当サイトの旧タイトルと同じではありません。掲載例では新しいものが「社会の進歩」に必要とされ、洋服を作ることがその考えの一部だという趣旨が続きます。旧記事にあった「創造は新しいものに等しい」という後半部分が、同じ場所に掲載されているわけではありません。
この専門サイトは過去の引用を紹介する二次資料であり、発言時期、質問者、掲載号、完全なインタビューを示していません。そのため、本人の逐語発言の初出を確認済みとは判定しません。旧記事が確定的な原文として紹介した部分は、裏付けの程度に合わせて扱いを改めます。
「創造」と「社会の進歩」はなぜつながるのか
社会の進歩という言葉は大きく、どんな変化もよい方向に進むと保証するものではありません。古いものと違う形であれば創造的というわけでも、販売数が増えれば社会が前進したと証明できるわけでもありません。
一方、これまで当然と考えられてきた服の形や美しさの基準を問い直すことは、人々の考え方や表現の幅に影響し得ます。ファッションは生活の道具であると同時に、人が自分や社会をどう表すかに関わるものだからです。
その意味で「洋服を作ることは、その考え方の一部」という掲載例は、作品を目的とするだけでなく、当たり前とされた見方への問いを創作を通して示す姿勢として読むことができます。ただし、これは資料を踏まえた当サイトの読解であり、本人が現代社会全体の進歩を定義したという意味ではありません。
作品に戻る:メトロポリタン美術館が説明する川久保の実験
メトロポリタン美術館は2017年に「Rei Kawakubo/Comme des Garçons: Art of the In-Between」展を開催しました。公式展示解説では、服/服ではないもの、美/非美、デザイン/非デザインといった二分法のあいだを探る試みとして作品群を整理しています。
同美術館は1980年代の作品について、左右非対称の形、身体から離れた大きな輪郭、通常とは異なる素材や構造を具体的に解説しています。ここから分かるのは、単純に奇抜な見た目を作ったというより、服に求められてきた形や身体との関係を問い直していたということです。
実物資料として、美術館の1984年春夏の《Round Rubber》の所蔵品記録にも、従来の美的基準を覆すデザインとして作品の特徴が記されています。作品そのものの存在・制作時期・形を確認できる資料です。
ただし、2017年の美術館解説は、今回の日本語の引用がいつ語られたかを証明する資料ではありません。引用文の根拠と、作品の解釈の根拠を混同しないことが大切です。
「常に新しいもの」は、過去を全否定することではない
過去と同じ形に見える作品であっても、素材や文脈、着る人との関係が変われば、新しい意味を持つことがあります。反対に、見た目だけを変えても、これまでの常識をそのまま繰り返している場合もあります。
メトロポリタン美術館の展示解説には、似た形のスカートを複数制作し、それぞれの縫製や素材の違いによって同一性の意味を問い直した例もあります。独自性は必ずしも、すべてをゼロから作るという意味だけではありません。
ここから「新しさ」は、流行を追い続けることではなく、ものの見方や問題の立て方を更新することでもある、と読めます。これも記事の考察であって、川久保がこの言葉の直後に説明した文章ではありません。
ものづくりや事業開発で読み替える際の注意
- 新しいことの目的:何を前進させたいのか。目新しさ自体がゴールになっていないか。
- 既存の前提:顧客や利用者が当然と思い込んでいる条件の中に、見直す余地はないか。
- 具体的な成果物:思想を語るだけでなく、実際の製品、サービス、作品へどう反映しているか。
- 違いを生む理由:競合と異なること自体ではなく、異なる選択によって何が可能になるか。
- 他者への影響:創造的な挑戦が利用者や働く人に与える負担や制約も評価する。
以上は、本サイトによる現代の実務への応用です。川久保が企業経営の五原則として列挙したものではありません。ファッションにおける実験と、社会全体の事業施策を同じ成功法則として語らないようにします。
「なぜ皆が同じことをするのか」との違い
当サイトの川久保玲「なぜ皆が同じことをするのか」は、『WWD』1991年5月20日号を示す専門紙の公式再掲に出典が確認できる記事です。この言葉では、若者の同調と大企業のビジネス、個人企業の試みが語られています。
今回の「創造は物事を前進させる」の掲載例は、発言の時期と媒体がまだ分かりません。川久保の創造観に共通点があっても、二つの言葉が同じインタビューから来たと推測でまとめることはできません。
関連するもう一つの表現:「新しく発見すること」という川久保玲名義の言葉についても、流通する引用と実際の創作活動を区別して調べています。2017年・2021年の二次掲載例は確認できますが、最初のインタビューの出典は未特定です。意味が近い二つの表現を、同じ発言の前後としてつなげないようにしています。
まとめ:言葉を強くするのは、きれいな名言化ではなく出典
「創造は物事を前進させる」は、川久保玲の言葉として専門メディアに掲載されています。しかし、旧記事の後半表現と現在確認できる掲載例には語句の違いがあり、本人の一次発言は未特定です。
作品に戻れば、美の基準や服のあり方を問い直す川久保の創造は、単に周囲と異なるための違いではなく、前提を疑う継続的な実験として見えてきます。出典の不確かさは隠さず、確認できる実物の仕事から何を学べるかを考えていきます。

参考資料・確認できていない点
- CDG FREAK(2022年8月19日):今回の一節と異なる後半文を紹介する二次掲載例。初出の根拠は記載されていない。
- メトロポリタン美術館:2017年展覧会の公式展示解説:作品における境界や新しさの実験。
- メトロポリタン美術館:1984年の《Round Rubber》所蔵品記録:作品の制作時期と実物資料。
- 名言の出典ステータスガイド:逐語出典と二次的な掲載例の区別。
未確認:発言した日時、収録媒体、相手・質問、本人の逐語原文。旧記事の「創造は新しいものに等しい」という後半部分の出典も特定できていません。そのため、出典状態は要検証です。