川久保玲「なぜ皆が同じことをするのか」|1991年『WWD』の発言と創造の問い

「私にとって分からないのは、なぜ皆が同じことをするのかということだ」。ファッションデザイナー川久保玲のこの言葉は、単純な「人と違うことをしよう」という個性礼賛として紹介されがちです。しかし、出典には若い人の行動だけでなく、大企業のビジネスへの批判と、自分たちのような個人企業の限界への言及が続きます。

ファッション専門紙『WWD』のバックナンバーを引用したWWDJAPANの公式掲載をもとに、発言の年月、前後の話題、デザイン思想との関係を整理します。事実として確認できる言葉と、現在の仕事や創作へ広げる解釈は区別して読みます。

出典は『WWD』1991年5月20日号

ファッション業界専門メディアWWDJAPAN「The WORDS」は、2019年4月22日にこの一節を掲載し、出典として「Vol.495 1991年5月20日」と明記しています。編集部による自社媒体の過去掲載文の再紹介なので、引用者の名前だけが付いた匿名の名言サイトより、掲載履歴をたどりやすい資料です。

ただし今回直接読めたのは、2019年に編集されたWeb掲載版です。1991年5月20日号の紙面現物や、その前後に交わされた質疑応答の全体を当サイトが独自に確認したわけではありません。掲載号は特定できるが、発言場面のすべてを復元できたわけではない、という範囲を明らかにしておきます。

続く文章は、同調への違和感と大企業への批判だった

一行だけ抜き出すと、川久保が他人と同じ行動を取る人を個人的に批判したようにも見えます。しかしWWDJAPANの掲載では、まず若い人が他人と同じことをすることへの疑問を述べ、続いて大企業がそうした若い人の傾向に合わせて事業を展開していることに言及しています。

さらに、個人企業が異なることを試み、既存の状況に異議を示しても、社会全体は簡単には変わらないと語っています。この続きを含めると、問題は「同じ服装の人は個性がない」という表面的な話ではありません。選ぶ側の同調と、供給する側の事業構造が互いに強化し合っていないか、という問いが見えてきます。

もっとも、1991年の発言をそのまま今日の若者や全企業の性質として一般化するのは適切ではありません。当時のファッション産業についての発言として捉える必要があります。

川久保玲の服は何に挑戦してきたのか

ニューヨークのメトロポリタン美術館は2017年に、「Rei Kawakubo/Comme des Garçons: Art of the In-Between」展を開催しました。美術館の公式解説は、彼女の服が美しさやファッションらしさの従来の枠組みに挑み、ファッション/反ファッション、身体/衣服など、二つに分けられがちな概念の境界を揺さぶるものだと説明しています。

ここで注目したいのは、違う形を作ること自体が目的ではなく、何を服とみなし、何を美しいと感じるかという判断の枠組みに問いを向けていることです。これは美術館による作品分析であり、1991年の一つの発言から特定のコレクションの制作意図が証明されるわけではありません。

同美術館の展示は2017年5月4日から9月4日まで開かれました。1991年の発言と2017年の作品評価には長い時間差があるため、後年の評価で当時の本人の考えを一字一句補完しないようにします。

「他人と違えばよい」わけではない

発言を実務に持ち込むと、「独自性を出すために、競合と必ず反対のことをする」という短絡が起こりがちです。しかし、異なることをするだけでは読者、顧客、鑑賞者に価値が伝わるとは限りません。

本当に問うべきなのは、なぜ似た形が繰り返されるのか、誰の都合で標準が作られたのか、これまで見落とされてきた可能性がないか、ということではないでしょうか。こう読むことで、創造は単なる目新しさ競争から、前提条件を見直す営みへと変わります。

これは本サイトによる解釈であり、川久保が現代企業のマーケティングを対象にした具体的な手順を示したという意味ではありません。

個人の選択と企業の戦略を分けて考える

  • 個人の選択:本当に自分が望んでいるから選んだのか、周囲と同じで安心するから選んだのかを考える。
  • 企業の判断:売れている形を再生産するだけになっていないか、顧客の未充足の価値を調べる。
  • 創作の判断:既存の枠を崩すことで、作品やサービスについて新しい問いを提示できるかを検討する。
  • 現実の制約:他者と異なる選択をするコストや、企業・個人ごとの立場の違いを無視しない。

大企業がすべて模倣的で、個人企業は必ず革新的というわけではありません。川久保の言葉を特定の組織規模の優劣と決めつけず、どのような判断が同質化を生むかという問いとして使う方が実りがあります。

別の川久保玲の言葉と読み比べる

当サイトには「すでに見たものでなく、新しく発見すること」や、「創造は物事を前進させる」という、川久保玲名義で流通する記事もあります。

今回の一節は、専門誌の掲載号まで遡れるという強みがあります。これら別の引用については、同じ1991年の発言だったとは限らず、各記事ごとに原典を確かめる必要があります。発想が似ているだけで複数の言葉を一つのインタビューにまとめないようにします。

まとめ――同調はなぜ生まれるのかを考える

川久保玲の「なぜ皆が同じことをするのか」は、WWDJAPANが示す『WWD』1991年5月20日号の掲載文に出典があります。短い一行の後には、若い人の同調と大企業の事業行動、個人企業の限界についての言葉が続いていました。

人と違えばよいという教訓にとどめず、個人が何を選び、企業が何を作り、その結果どのような当たり前が生まれるのかを考える。こうした問いを残すところに、この言葉の価値があると思います。

確認資料と未確認事項

未確認:1991年5月20日発行『WWD』紙面現物、引用部分を含む前後の全文、編集・省略の有無。2019年の公式再掲と、後年の美術館による評価を区別しています。詳しくは出典ステータスガイドをご覧ください。

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