「すでに見たものでなく、すでに繰り返されたことでもなく、新しく発見すること」。川久保玲の言葉として紹介されるこの一節には、前へ進むことや、自由で心が躍ることを大切にする表現が続きます。
けれども、この文章を「川久保が何年何月のどのインタビューで答えた」と裏付ける一次資料は、今回の調査では特定できませんでした。引用として流通している事実と、本人が語った場面を確定することは別です。この記事では、確認できた掲載例と、美術館が解説する実際の作品を分けて読みます。
まず確認できた掲載例:2017年と2021年の記事
2017年4月2日付のセレクトショップのブログ記事には、川久保玲に帰属する一節が紹介されています。新しいものの発見、前へ向かうこと、心が躍ることという三つの要素が、当サイトで扱っていた文章と対応しています。
その後、2021年10月5日のAXESのニューヨーク訪問記でも、マンハッタンのドーバーストリート・マーケットを紹介する記事の結びに、ほぼ同じ趣旨の一節が川久保の言葉として掲載されています。
ここから遅くとも2017年には、この表現が川久保名義で紹介されていたことが分かります。ただし、二つの記事はいずれも本人へのインタビューではなく、原典となった誌名・発行号・発言年月日を示していません。片方がもう片方と独立の原典を確認しているとも限りません。
2021年の文章は、実際に訪れた店舗の印象にこの句を結び付けた編集上の随想でもあります。そこで挙げられた店の仕掛けを、川久保本人がこの言葉の説明として語った内容と混同しないようにします。
「新しいものを発見する」と「新しい服を作る」は同じか
引用だけを読むと、単に見た目を新しくし続けることが重要だと受け止めるかもしれません。しかし「発見」は、材料や形の新奇性だけでなく、これまでと違う問題の立て方や、日常の前提に気づくことも意味し得ます。
前例がないことを成果として誇っても、何を表現したいかが定まっていなければ、ただ人目を引くための変化になる場合があります。川久保の作品を通して考えるなら、まず「服はどんな形であるべきか」「身体とどう関わるべきか」という問いが重要になります。
ただし、これは本サイトの現代的な読解です。引用の最初の発言場面を確認できていない以上、この言葉の直後に本人がこの説明をしたと書くことはできません。
作品資料で確かめられる1979年と2014年の転換
メトロポリタン美術館の2017年展覧会の公式解説は、川久保の創作において1979年と2014年に大きな方向転換があったと紹介しています。
1979年頃、過去のデザインの方向性に満足できず、いったんゼロに戻って、まだ存在しなかったものを作る方向へ向かったという回想が記されています。展示解説では、この変化が初期の1980年代作品における、従来の美や身体の形への問いと結び付けられています。
さらに2014年には、服を作るという慣れた方法自体に限界を感じ、「服を作らない」という発想へ方向転換したことが紹介されています。結果として、身体の周囲に置くオブジェのような作品群が生まれました。
この二つの時期は、同じ言葉を繰り返すだけではなく、経験を蓄積した後で、その経験に依存する方法を問い直したという点で共通しているように読めます。
「服/服ではないもの」をまたぐ試み
メトロポリタン美術館は、川久保の作品を「デザイン/非デザイン」「ファッション/アンチファッション」「服/服ではないもの」といった境界のあいだで生まれる表現として整理しました。
見慣れた服の形を変えるだけなら、変化は「新しいスタイル」という一言で終わります。しかし、どこからが服なのかという問いを立てると、身に着けるものの機能と、見る人の認識の両方が揺さぶられます。
これは美術館の作品解説から確認できる制作上の挑戦です。旧記事では、具体的な作品を調べずに「新しいものを生み出すことが真の創造」と一般化していましたが、今回の改稿では、確認できる作品資料と抽象的な教訓を区別します。
ドーバーストリート・マーケットの実験をどう捉えるか
AXESの2021年の現地訪問記事では、マンハッタンのドーバーストリート・マーケットが複数のブランドやアート作品を組み合わせ、商品や空間を変えながら運営されている様子が紹介されています。
店の中で複数の作品やブランドが同時に存在し、買い物の場に別の表現が入り込むことは、「服を売る場所とは何か」を考える素材になります。ただし、この記事は店舗の観察・紹介であり、開店当時の事業設計や川久保本人の発言の逐語原典を証明するものではありません。
創造の対象を服の形だけではなく、それを選ぶ場や見せる場へ広げて考えることはできますが、その解釈が作者の直接発言であるかのようには書きません。
「自由で心が躍る」を、無理な挑戦の号令にしない
新しいことに向かう際には喜びや好奇心が大きな力になる場合があります。しかし、常に刺激を感じていなければ創造的ではないという意味ではありません。必要な準備、地道な試行、慎重な確認があって初めて可能になる挑戦もあります。
仕事や家庭、学習で使うときには、未知のことを試せる小さな範囲を確保する一方、本人や周囲が無理をしていないかを考えることが重要です。心が躍らない日もあれば、守りたい日常の習慣が価値を持つこともあります。
読者が現在の生活へ引き寄せる際も、発言者の名前を根拠に他人へ変化を強要しない姿勢を大切にしたいものです。
仕事や創作に活かすための問い
- 発見とは何か:これまで当然と思っていた条件を、一つ疑ってみることはできるか。
- 前例は何のためにあるか:守るべき品質・安全と、変えてよい習慣を区別しているか。
- 具体化できるか:考えを作品、サービス、行動へ小さく表現できるか。
- 他者の視点を入れられるか:新しさの評価を作者の自己満足だけで決めていないか。
- 無理のない試行か:失敗したときに得られる知見と、負担を見積もっているか。
これらは本サイトの応用上の問いであり、川久保が同じ五項目を語ったとするものではありません。
同じ川久保玲の名言でも、出典の強さは違う
当サイトの「なぜ皆が同じことをするのか」は、WWDJAPANが『WWD』1991年5月20日号からの再掲であることを明示しています。
また、「創造は物事を前進させる」は、複数の日本語流通表現で後半部分が異なることを確認し、発言時期を「要検証」としています。今回の「新しく発見すること」についても、最初の掲載号を確定したわけではありません。
意味が近いというだけで、別の一節を同じインタビューから来た言葉として扱わないことが大切です。資料の確かさを比べながら読むと、名言と作品をより丁寧に理解できます。
まとめ:新しさを求める言葉を、作品へ戻して読む
「すでに見たものでなく、新しく発見すること」という一節は、少なくとも2017年以降に川久保玲名義で掲載されています。しかし、その初出・発言場面・逐語原文は、今回確認できた掲載例からは特定できません。
一方、実際の作品に関しては、1979年や2014年に従来の考え方を見直したことや、服という枠そのものを問い直した姿勢を、美術館の資料から確認できます。言葉に物語を付け足すのではなく、記録の残る創作へ戻ることで、「発見」の意味を考えることができます。

確認した資料と、まだ確かめられていないこと
- セレクトショップブログ(2017年4月2日):名言が川久保玲名義で紹介されている二次掲載例。
- AXES(2021年10月5日):ドーバーストリート・マーケット訪問記と、言葉の再紹介。
- メトロポリタン美術館(2017年):Art of the In-Between展展示解説:制作の転換点と、服における境界の実験。
- 名言の出典ステータスガイド:資料の確認段階の読み方。
未確認:川久保本人の発話日、相手、質問、最初の雑誌・書籍などの掲載先。流通する文言の版による違いも網羅できていません。したがって出典状態は「要検証」とし、作品についての確かな資料と混同しないようにしています。