「本人の中身が新しければ、着ているものも新しく見える」。川久保玲が語ったこの言葉は、2012年の朝日新聞ロングインタビュー「ファッションで前に進む」に由来します。服は単にブランド名やデザインだけで完結するのではなく、それを選び、着こなし、生きる人とともに意味を持つという文脈で語られました。
2012年の「ファッションで前に進む」
2012年1月7日の朝日新聞朝刊に掲載され、同月19日にウェブでも公開された川久保のインタビューについて、J-CASTニュースが取材日時と内容を詳しく報じています。インタビューは当時の全文を転載した個人ブログにも残っています。
新聞社の元ページは今回直接閲覧できていないため、初出の掲載先と周辺の質問を同時代報道と転載で確認したというのが正確な範囲です。一次紙面を開いて逐語確認したとまでは書きません。
質問は「ファッションで個性を表現する必要はない」への考え
原典の流れでは、インタビュアーが、ファッションで個性を表現する必要を感じない人が増えているのではないかと問いかけます。それに対して川久保は、個性を表す人は必ずしも最先端の高級服を着ているわけではなく、日常的な服装でも存在感が伝わるという趣旨を述べています。
本人の中身が新しければ、着ているものも新しく見える。
この言葉は、単に高い服や珍しい服を買えば個性的になれる、という考えへの異議として読めます。どんな服をどのように選び、自分の考えや姿勢を込めて着るか。服の価値を、生地や形だけから説明し尽くせないという問いがあります。
服を着る人は「中身」で評価されるべきなのか
ここでいう「中身」を性格の優劣や、学歴、職業の序列へ単純に置き換えるべきではありません。人が服を着るときの意識や選び方も装いの印象に関わる、というファッションについての考えです。外見からその人のすべてを理解したつもりになることも適切ではありません。
また、服装は本人が自由に選べるとは限りません。仕事の制服、気候、経済的な条件、身体に合うサイズの有無など、さまざまな制約があります。川久保の発言を、特定の服を選べない人への非難として使うべきではないでしょう。
Tシャツでも伝わる「何か持っている」
同じ回答では、川久保は、ファッションの最前線にある服でなくても、Tシャツ姿から独自の雰囲気を感じさせる人がいると語ります。重要なのは着ている服の値札やブランド名だけではないという視点です。
とはいえ、最先端のデザインそのものに意味がないという話でもありません。川久保は独自の服を生み出すことに取り組みながら、着る人もファッションを形づくると考えていました。デザイナーの創作と着用者の選択は、対立するものではありません。
同じインタビューでは「同じ格好」も話題になる
川久保は、複数の人がよく似た服を着て同じように振る舞う光景を不思議に感じると語っています。この部分を取り上げた2012年の報道も残っています。服装への疑問は、流行への同調や新しいものを作ろうとする姿勢という問題へつながります。
ただし同じ服を着る人たちが、必ず自分の考えを持たないというわけではありません。服装の自由には、周囲と違うものを選ぶ自由だけでなく、あえて同じものを選ぶ自由も含まれます。
現代に読むなら、買うことより選ぶこと
日々の服装を考えるとき、トレンドや評価だけを基準にせず、自分が落ち着く形や、長く着たいもの、使う場面との相性を考えてみることができます。個性は常に人目を引く必要があるわけではありません。
これは当サイトによる応用であって、川久保が今回のインタビューで衣服の購入ルールを提案したものではありません。ファッションの意味を考えるきっかけとして紹介しています。
出典と確認範囲
出典状態:掲載先と前後の文脈を同時代報道・記事転載で確認/朝日新聞の当時の紙面・ウェブ原本は未校合。2012年1月7日の紙面と19日のウェブ掲載はJ-CASTニュースが確認しています。「本人の中身が新しければ」の発言は当時のインタビュー転載にも載っています。原掲載の逐字比較は未実施です。
資料:J-CASTニュース・2012年1月31日 / 2012年朝日新聞ロングインタビューの転載(二次資料) / 渋谷PARCO・2025年の川久保の言葉への言及。関連記事:川久保玲「Tシャツにも個性」 / 「同じ服への疑問」。
