川久保玲「全員に褒められると不安になる」|『アンリミテッド』と創造の問い

コレクションが「きれいだった」「よかった」と誰からも褒められたとき、川久保玲はむしろ不安になる、と語ったといいます。単に「理解されるものには価値がない」と切り捨てた発言ではありません。新しい服を生み出そうとする作り手が、他人の評価を受けた後も自分の表現を問い続けるという、創造にまつわる葛藤として読みたい言葉です。

出典は『アンリミテッド:コム デ ギャルソン』にさかのぼる

ファッション誌『Numero TOKYO』の名言紹介は、この言葉の典拠を清水早苗・NHK番組制作班編『アンリミテッド:コム デ ギャルソン』(平凡社)と記しています。さらに国立国会図書館の書誌で、その本が2005年6月に刊行されたことと、編者、出版社、ISBNを確認できます。

本書は川久保本人と関係者の証言を含み、NHKの番組取材に基づく記録です。図書館書誌にも、2002年に放送されたNHKの番組をもとにしている旨が記されています。元になった番組は2002年、書籍の刊行は2005年であり、同じ年の出来事として扱わないことが重要です。

どこまで原文を確認できたか

よかったですね、きれいだったですね、と全員から評価を受けたとしますね。

この短い言葉は『Numero TOKYO』に書名を明示して掲載されており、別のコム デ ギャルソン専門サイトでも近い形で再録されています。しかし今回は書籍現物を開き、該当箇所をページ単位で照合したわけではありません。書籍はページ付けのない形で書誌登録されているため、正確な掲載位置を示すには現物を調べる必要があります。

また、映像のどの場面で語られたか、質問者が誰だったか、収録時の前後の質問まで確認できていません。「2002年の番組でこのとおり発言した」と断定するより、書籍への帰属が紹介されているが原本・原音は未校合とするのが現時点では正確です。

褒められること自体を否定したのか

言葉の中心にあるのは、評価の良し悪しよりも「思っていた以上に分かりやすいものを作ってしまったのではないか」という作り手自身の疑問でしょう。従来の服の美しさや形に揺さぶりをかけたいなら、既存の尺度だけで完全に評価されたことに違和感を覚える場合があります。

ただし、全員から高く評価された作品は必ず凡庸だとか、誰にも理解されない作品ほど優れているといった一般法則は、この一節だけでは導けません。評価が一致する理由には、完成度、会場、受け手の期待、時代の感覚などさまざまな要素があります。

新しさを求める仕事と、顧客へ届ける仕事

ファッションは、誰かが身につけて生活する側面と、これまでの美意識へ問いを投げかける側面を持ちます。独創性を優先したコレクションでも、実際に服を作って届ける工程は必要です。多くの人に使ってもらうことと、既存の価値観を変えることは、場合によって緊張関係に置かれます。

2012年の川久保の朝日新聞インタビューを報じたJ-CASTニュースでも、創造性とファストファッションの効率への問題意識が取り上げられています。これは2005年の書籍に記録された発言とは別の取材です。両方の資料が似た問題に向き合っていても、ひと続きの言葉として混同してはいけません。

「分かりやすくないもの」は価値を持つのか

理解に時間がかかる作品には、すぐ言葉にできない魅力や発見があるかもしれません。一方、難解であること自体が価値を保証するわけではありません。相手が戸惑った理由を探り、自分が表現したかったことを見直す姿勢も必要です。

とくに一般の仕事や製品では、顧客が安全に利用できること、必要な情報を理解できることが欠かせません。ファッションの創造的な挑戦と、公共の説明や安全のための分かりやすさを同じ基準だけで評価するべきではないでしょう。

日々の創作へ生かすとしたら

自分が作ったものへの褒め言葉を受け取ったとき、それで検討を終えるのではなく、どこが意図どおりに伝わり、どこに意外な反応があったのかを聞いてみる。期待どおりの評価も、予想外の批判も、次の創作を考える材料にできます。

これは当サイトによる現代的な応用であり、川久保が今回の言葉と一緒に、読者向けのフィードバック手法を説明したわけではありません。自分の仕事に合った距離感で、評価と創造を両立する方法を考えるための提案です。

出典と確認範囲

出典状態:要検証(信頼できる二次媒体による書籍への帰属を確認/書籍現物と原音は未校合)。『Numero TOKYO』の2019年の記事は出典として『アンリミテッド:コム デ ギャルソン』を挙げています。国立国会図書館では同書の2005年刊行を確認しました。発言の書籍上の掲載位置と、2002年の収録映像の該当場面は未確認です。

資料:『Numero TOKYO』出典付き名言紹介 / 国立国会図書館『アンリミテッド:コム デ ギャルソン』書誌 / 東京都市大学図書館・書誌情報。関連:川久保玲「なぜ皆が同じことをするのか」 / 「ファッションは着る人の中身を含む」。

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