「自信がないから、つるむんでしょうね」。教育実践家・菊池省三の名とともに流通する文章には、周囲からの評価を恐れることと、攻撃的・投げやりな振る舞いを結びつける説明が続きます。けれども、これを「友達と行動する子には自信がない」「攻撃的な人はみな自己肯定感が低い」という診断に変えるのは危険です。菊池が実際の学級で何を問題にし、どのような関係づくりを試みたのか、確認できる本人取材をもとに考えます。
流通する長い言葉は本人のどの発言か
LIVE THE WAYの菊池省三名言一覧と、別の名言一覧には、この長い文言が菊池の言葉として掲載されています。しかし、初出の番組、書籍のページ、取材日時、発言の前後は記されていません。言葉がネット上で流通していることは確認できますが、本人がその通りに発言したという逐語的な原典確認は未了です。
したがって出典状態は「要検証」とします。以下で紹介する取材は、同じ問題意識を考えるための関連資料であり、見出しの長文の直接の初出だと断定しません。また、この流通文言には「でしょうね」「だろうと思いますね」という推量表現があります。人間の行動原因を断定した心理学上の法則として読むべきではありません。
菊池が見た「静かな学級崩壊」
リクルートワークス研究所による2021年の本人インタビューでは、菊池が1990年、31歳のときに担当した小学6年生の学級について語っています。自己紹介で言葉が出なくなる子もいた教室で、菊池は特定の児童の存在感が強く、ほかの子が発言できなくなっている状況を「静かな崩壊」の一例として説明しました。
表面上は騒がしくなくても、互いの意見を無視したり、周囲の反応を気にして何も言えなくなったりすることがあります。大切なのは、「静かな子が悪い」「強く発言する子が生まれつき問題だ」と決めることではなく、教室の関係性が一部の子の声だけを通していないかという視点です。菊池の取材は、目に見える態度だけでなく、学級全体の状況を確かめる必要を示しています。
「仲間がいる」と「同調しないと居場所がない」は別
友達と集まって過ごすこと自体は、問題行動でも未熟さの証拠でもありません。趣味や話題が合い、安心して過ごせる集団は、人の生活に豊かさをもたらす場合があります。一方で、「ほかの子に合わせなければ排除される」「意見が違うとからかわれる」という圧力がある場合、居心地の良い仲間関係とは事情が異なります。
流通文言の「つるむ」を解釈する際に注意したいのは、この違いです。友達の人数や一人でいる時間だけから、その人の自信や心の状態を推測することはできません。見るべきなのは、意見の違いが許されるか、断る自由があるか、誰かが孤立することを恐れて望まない行動に参加していないか、といった関係のあり方です。
「ほめる」だけでなく、話す・聞く場をつくる
前述のワークス研究所の取材によると、菊池は学級を立て直すため、コミュニケーション教育に力を入れました。子どもの小さな変化を見て言葉にすること、学級の仲間が互いを認める活動、スピーチやディベートなどを通じて話す力・聞く力を育てることが紹介されています。そこでは、友達を無条件に褒め続けるだけでなく、異なる考えを言葉にできる安心が重視されています。
菊池の公式サイトも、教師と子どもが自信と安心感のある教室をつくり、考え続けられる人と対話力を育てることを教育の目標に掲げています。つまり問題を「自信のない児童の性格だけ」に還元せず、言葉を交わす環境を教師と児童が整えることに目を向ける読み方ができます。これは複数の資料を突き合わせた当サイトの整理です。
攻撃的な振る舞いの理由を一つに決めない
相手を傷つける発言や行為があれば、まずその行為を止め、被害を受けた人の安全を確保することが必要です。そのうえで、なぜそのようなことが起きたのかを考えます。周囲からどう評価されるかという不安が関係する場合もあれば、別の経験、集団内の力関係、環境上の問題などが関係する場合もあります。
しかし「誰かに強く当たる人は必ず自信がない」「投げやりになるのは甘えだ」という単一原因の説明にはできません。本人の話を聞かずに内面を断定すると、実際の困りごとや必要な支援を見逃します。流通文言を、子どもや大人に心理的なレッテルを貼るために使わないことが重要です。
困っている子どもの「行動」と「人格」を分ける
2026年の集英社オンライン掲載の菊池による文章では、教師に暴力的な行為をした子どもとの関わりが扱われています。そこでは、ほめられた経験が少なかったと思われる児童が、手紙を受け取り、自分の存在を認められる経験を重ねた様子が本人の記述として示されています。これは一つの教育実践の報告であって、すべての子どもに同じ結果が生じるという比較実験ではありません。
不適切な行動を容認することと、その子の存在を否定しないことは別の判断です。集団の秩序を回復するために罰だけを増やせばよいとも、ほめるだけで被害がなくなるとも限りません。安全を守りつつ、本人が別の行動を選べる条件を考えることが必要でしょう。
人の評価を「すべて無視する」ことでもない
他人からの評価は、いつも悪いものとは限りません。自分では気づかなかった得意なことを教えられたり、改善の必要な点に気づかされたりすることもあります。問題になるのは、他人の期待だけが行動の基準になり、自分の考えを言えなくなるような状況です。
たとえば「皆が賛成したから」と言う前に、自分は何を確かめられたかを考えてみる。違和感を覚えたら、無理にその場で対立するだけでなく、信頼できる相手に相談する。意見をすぐまとめられなくても、書いて整理するという方法もあります。これらは菊池による一律の指導法ではなく、安心できる対話の条件から考えた当サイトの応用です。
関連する菊池省三の記事と読み分ける
「褒めて認めて信じる」の記事では、本人取材で確認できる「ほめて、認めて、励ます」という方針と、学級での具体的な働きかけを扱いました。また、「主張できることは自分らしさ」では、発言する力を、他者の意見を聞きながら育てる実践を検討しています。本記事は、周囲の評価を怖がる状況や、同調を強いる関係に焦点を当てます。互いの主題はつながりますが、同一の発言として混同しません。
出典と、まだ確認できていないこと
出典状態:要検証。確認済み:今回扱う長い文章が複数の名言サイトで菊池省三名義で流通していること。2021年の本人取材に、発言できない子どもがいる学級、教室の関係の立て直し、ほめる・話す・聞く教育の説明があること。公式サイトに「自信と安心感」のある教室や対話力を育てる方針が示されていること。未確認:流通文言の逐語的な初出、撮影・発言日時、前後の文章、どの児童・集団を指したか。記事中の一般化を防ぐ留保は当サイトの解釈です。
資料:リクルートワークス研究所・2021年の菊池省三取材 / 菊池省三公式サイト / 集英社オンライン・菊池による教育実践の記事 / 流通文言を掲載する名言一覧(二次資料)。当サイトの出典状態ガイドも参照してください。
