変化への焦りと、ブレない軸への憧れの間で
日々の業務に忙殺される中で、あなたは「今のトレンドに乗らなければ取り残される」という焦りと、「ブランドイメージを守らなければならない」という重圧の板挟みになっていないでしょうか。
ひとり、あるいは少人数でマーケティングを回していると、世の中の新しい潮流(AI、ショート動画、新たなSNSなど)が押し寄せるたびに、自社の施策が陳腐に見えてくる瞬間があります。「変えること」は進化なのか、それとも迷走なのか。逆に「変えないこと」は一貫性なのか、それとも怠慢なのか。
この問いに対する答えが出ないまま、目の前の施策を継ぎ接ぎで対応してしまうと、結果としてブランドは「誰に向けた、何のための存在か」が不明瞭になり、顧客の信頼を失います。本質的な問題は、変化と一貫性を「対立概念」として捉えてしまっている点にあります。これらは二者択一ではなく、両立させるべき車の両輪なのです。
「一貫性」の正体は、静止ではなく「動的平衡」にある
ブランドの一貫性とは、化石のように「変わらないこと」ではありません。外部環境が激変する中で、顧客に対する「約束(ブランドプロミス)」を守り続けるために、自らを変化させ続ける状態を指します。
生物学に「動的平衡」という言葉があります。生物は絶えず細胞を入れ替え(変化)ながら、個体としての同一性(一貫性)を保っています。ブランドも同様です。市場環境、技術、顧客の嗜好が変わっているのに、表現方法やタッチポイントを変えないことは、一貫性ではなく「硬直」です。
よくある失敗パターン:
「創業時のロゴやタグライン、Webサイトのデザインを一言一句変えてはいけない」と固執し、スマホ時代に最適化されていないUIや、現代の価値観に合わない表現を使い続けるケース。これは「手段の目的化」であり、顧客不在の自己満足に過ぎません。結果、顧客からは「古臭い」「使いづらい」と判断され、最も守るべき「信頼」を損なってしまいます。
ブランドの構造を解剖する:MVVとタッチポイントの分離
守るべきものと変えるべきものを区別するためには、ブランドを「多層構造」として捉えるフレームワークが有効です。中心から外側に向かって、変化の頻度を設計します。
1. 核(Core):Mission / Vision / Value
これは企業の存在意義そのものであり、数年、数十年単位で変えてはいけないものです。「誰の、どんな課題を解決し、どんな世界を作るのか」。この魂の部分が揺らぐと、それはピボット(事業転換)を意味します。
2. 橋(Context):Positioning / Key Message
核を市場に届けるための翻訳機能です。競合の動きや社会情勢に合わせて、数年単位でチューニングすべきものです。例えば、「安心安全」という核の価値を伝えるために、かつては「国産」を強調していたが、今は「トレーサビリティ(追跡可能性)」を強調する、といった具合です。
3. 皮(Skin):Creative / Channel / UI
顧客と直接触れるインターフェースです。これはテクノロジーの進化やトレンドに合わせて、柔軟かつ高速に変えるべきものです。Instagramが流行ればそこへ行き、AIチャットボットが便利なら導入する。しかし、そこで語られる「核」は不変である必要があります。
よくある失敗パターン:
担当者が変わるたび、あるいは新しいツールを導入するたびに、あろうことか「核(Core)」や「橋(Context)」を安易に変えてしまうケース。「今風のデザイン」にするために、これまで積み上げてきた信頼の証であるブランドカラーやトーン&マナーを無視してしまい、既存顧客を混乱させる「リブランディング中毒」は避けるべきです。
テクノロジー活用で実現する「高速な代謝」と「強固な骨格」
現代のひとりマーケターにとって、AIやクラウドツールは、「皮(Skin)」の新陳代謝を極限まで高めつつ、「核(Core)」に思考リソースを集中させるための武器となります。
原理原則として、人間が担うべきは「核の定義と、一貫性の監視」であり、AIやツールに任せるべきは「皮の生成と最適化」です。例えば、ブランドの「核」となるメッセージを一つ定義したら、AIを使ってメルマガ、SNS、ブログ記事、ホワイトペーパーといった多様なフォーマット(皮)へ展開させる。これにより、リソース不足のひとりマーケターでも、「メッセージの一貫性」を保ちながら「露出の多様性」を確保することが可能になります。
実践の視点:
• Asset Management: ブランドアセット(ロゴ、正規の画像、規定された言い回し)をクラウド上で一元管理し、誰が(あるいはAIが)クリエイティブを作っても「核」がブレない環境を作る。
• Feedback Loop: 「皮」を変えた結果(ABテストなど)をデータとして蓄積し、「橋(Context)」が適切か定期的に見直す。
テクノロジーは、ブランドを安っぽく量産するためのものではなく、ブランドの魂をより多くの場所に、鮮度高く届けるためのロジスティクスとして機能させるべきです。
孤独なマーケターこそ「ブランドの憲法」を持て
リソースの限られたひとりマーケターにとって、最大の敵は「迷い」による時間のロスです。「この施策はやるべきか?」「この表現はアリか?」を毎回ゼロベースで悩むのは非効率です。
判断基準となる「ブランドの憲法(ガイドライン)」を策定しましょう。これは、フォントサイズのような細かい規定だけではなく、「我々は誰を幸せにするために存在し、何をしないと決めているのか」という行動指針です。憲法があれば、新しいトレンド(例えばTikTok)が来た時も、「我々の『核』である『重厚な信頼感』と相性が悪いからやらない」あるいは「『親しみやすさ』を伝える新しい『皮』として採用する」といった判断が即座に下せます。
よくある失敗パターン:
社内の営業部門や経営層からの「あれもやれ、これもやれ」という声に押され、全ての要望に応えようとして「八方美人のブランド」になってしまうケース。結果、何でも屋になり、誰の記憶にも残らない存在になります。「憲法」は、こうした外部ノイズからブランドを守り、マーケター自身を守る盾となります。
まとめ:変化を恐れず、しかし魂は売らない
変化の激しい時代において、最もリスクが高いのは「変化を恐れて何もしないこと」と「変化に流されて自分を見失うこと」の両極端です。
プロフェッショナルなマーケターとしてのあなたは、以下のスタンスを持つべきです。
「私のブランドの『核』は岩のように堅固だ。だからこそ、『皮』は水のように柔軟に形を変えられる」
手段やツール、表現方法が変わることを恐れないでください。むしろ、時代に合わせて表現を変え続けることこそが、顧客に対する「常にあなたに最適な形で価値を届ける」という誠実さの証明になります。明日からの業務では、目の前のタスクが「核」に関わることなのか、「皮」の代謝なのかを意識してみてください。それだけで、意思決定の質とスピードは劇的に変わるはずです。