資料をダウンロードした担当者が熱心で、商談では製品を高く評価してくれる。それでも、社内の承認が進まない。BtoBではこのようなことが起こります。理由は必ずしも「担当者の説得力が弱い」からではありません。導入を決めるまでに、使う人・管理する人・費用を負担する人・安全を審査する人が、それぞれ別の疑問を持っている可能性があります。
そこで注目したいのが購買グループ(Buying Group)です。一つの企業だけでも、製品や導入目的が違えば、購買に参加する人々は変わります。個人のリードスコアが高いことと、組織全体が導入可能な状態にあることは同じではありません。本稿では、マーケティング・営業・技術の三者が共有できる「購買グループの役割マップ」の作り方を具体化します。
BtoB購買グループとは――企業全体と一人の担当者の間にある単位
購買グループとは、特定の購買判断に関わる複数の人のまとまりです。Forresterは、マーケティングと営業が協力して購買グループを認識し、商談の前進を支える手順を紹介しています。重要なのは、同じ企業に属する全員が、あらゆる契約を同じチームで決めているとは限らないという点です。
Forresterの「Six Steps To Buying Group Success」は、ターゲット企業の中に製品や課題の異なる複数の機会と購買グループがありうることを明示しています。ターゲット企業(Account)、購買機会(Opportunity)、それに関わる人物(Contact)を混同せずに整理する、という視点が大切です。
- ICP・ターゲット企業:どの企業・組織に価値を届けられそうか。市場と適合度を考える単位。
- 購買テーマ・機会:その企業が何の問題を解決しようとしているか。商談やプロジェクトごとに異なる。
- 購買グループ:ある購買テーマに対し、誰が使い、評価し、承認し、運用の責任を負うか。
- 個人リード:問い合わせ、ウェビナー参加、商談などで関与した個人。関心は示すが、全体の合意までは示さない。
本当に何人で購買を決めるのか――数字を万能視しない
Gartnerが2025年5月7日に公表した調査は、2024年8〜9月にBtoB買い手632人へ尋ねたもので、そこで扱った購買グループには5〜16人、最大4つの職能が関わる事例があると説明しています。また、購買チーム内で目標が食い違うなどの「不健全な対立」があると答えた割合を74%と報告しています。
出典はGartnerの2025年5月7日プレスリリースです。この数字は特定の時期・標本による調査結果であり、「日本のBtoB案件では常に5〜16人が関与する」「すべての会社で74%の商談が失敗する」という意味ではありません。規模や商材が違えば参加者も変わります。まず自社の商談から実際の傾向を確かめましょう。
同じ調査では、個人だけに合わせた情報が社内の意見対立を助長する可能性に触れ、購買グループ全体にとっての関連性が重要だとしています。これは「全員へ同じ資料を配るべき」という意味でも、「一人一人の疑問に答えない」という意味でもありません。共通の判断基準を持ちつつ、役割ごとに必要な証拠をそろえることが実務上の問いになります。
例:企業向けクラウドサービスの導入で、誰が何を確かめるか
ここからの役割マップは架空のクラウド業務サービス導入案件を使った当サイト独自のテンプレートです。ForresterやGartnerが、どの企業でもこの肩書きを使うと定めているわけではありません。兼務や不在の役割があることも前提にしてください。
- 利用部門・現場担当者:現在の作業で何が困るか、画面や操作、例外処理が日常の仕事に合うか。必要な資料:業務シナリオ、試用手順、制約。
- 業務責任者・推進役:改善したい成果、導入の優先順位、現場の変更負荷は何か。必要な資料:業務効果の前提、代替策、移行計画。
- 情報システム・セキュリティ:認証方式、データの取り扱い、障害対応、契約上の責任分界はどうなるか。必要な資料:構成図、セキュリティ質問への回答、非対応事項。
- 購買・法務:料金の構成、契約の更新・解約、個人情報・機密情報の取り扱い、社内規程に適合するか。必要な資料:見積条件、契約案、管理手続き。
- 予算責任者・最終承認者:投資理由、予算、リスク、代替案との比較、導入後の責任者は誰か。必要な資料:意思決定サマリー、費用の内訳、条件付きの効果見通し。
「担当者が部長だから決裁者」と肩書きで確定するのは避けます。利用部門が予算を持つケースも、情報システムが採用を決めるケースもありえます。この人に本当にどの判断権限があり、何を懸念しているかは、本人や顧客側の関係者へ適切に確かめる必要があります。
一枚で作る「購買グループの役割マップ」
ExcelやCRMで始めるなら、項目は多くしすぎないほうが続けられます。以下は営業・PMM・技術担当が同じ案件を見るための記録案です。個人の氏名や接触履歴を公開記事へ掲載することは想定していません。
- 購買テーマ:何を導入・変更する判断なのか。対象企業だけでなく、案件を特定する。
- 検証すべき役割:利用、推進、技術審査、購買、承認など。該当する役割が不明なら「未確認」とする。
- 確認できた要求:本人の発言・顧客が提供した資料・承認済み質問票など、情報源と確認日を残す。
- 売り手側の仮説:業界や過去案件から想像した懸念を、顧客確認済みの事実と分ける。
- 必要な証拠:実測値、仕様、約款、価格、導入制約、検証結果など。責任者と更新日を持つ。
- 次の行動と保留理由:誰が何を確認してから次へ進むか。単に「社内検討中」と記さない。
たとえば「情報システム部門がセキュリティ審査を担当するはず」は仮説です。「担当者が『審査票はセキュリティ室が確認する』と説明した」は、日時と情報源を残せば確認された発言になります。ただし、それでも最終承認が確定したことにはなりません。この区別があると、推測に基づく営業の押しつけや、誤った社内共有を減らせます。
購買グループを見つける順序――全員の名前を集める必要はない
Forresterが示す6ステップは、①対象市場を定める、②活動中の購買グループを察知する、③関与者を見つける、④初期の機会を評価する、⑤商談を進める、⑥契約まで支える、という大まかな流れです。実際には一方向にしか進まない手順ではなく、見つかった新情報で対象や証拠を見直すこともあります。
ここでの目的は、あらゆる従業員の個人情報を集めることではありません。購買判断に必要な役割と、その役割が確認したい条件を理解することです。担当者一人を通じて他部門の懸念を聞ける場合もあります。複数人との直接対話が不要な場合、過度に接点を増やさないほうがよいでしょう。
顧客の同意なく従業員の行動を名寄せしたり、個人の購買意図を確定的に推測したりしないことも重要です。Webの閲覧・イベント参加・メール反応を統合する際は、告知や目的、適用される個人情報保護の要件、契約条件を確認しなければなりません。この段落は一般的な編集上の注意であり、個別の法的判断ではありません。
資料を「個人向け」と「グループ共通」に分けて設計する
役割によって知りたい情報は異なりますが、部門ごとにバラバラの約束を示してしまうと、購入後に問題になります。資料は共通の事実基盤と、役割別の補足に分けるとよいでしょう。
- 共通:解決する課題、対象外のケース、提供機能と制約、価格の前提、導入時の責任分担。
- 利用・現場:作業手順、現行業務からの変更、試用で確認すること。
- 技術・情報管理:構成、認証・権限、データ保管、監査ログ、障害時の対応。
- 購買・法務:見積前提、契約、提供範囲、リスク分担、必要な文書。
- 経営・予算:投資の選択肢、負担と利益の見通し、判断を保留すべき条件。
たとえば「すべてのシステムと連携できます」と営業資料に書きながら、技術資料では特定のAPI接続だけを対象にしていたら、個々の関係者へ最適化したつもりでも、グループ全体には矛盾が残ります。役割に合わせて説明の深さを変えても、製品の事実と約束は一致させる必要があります。
MQLやリードスコアをなくすべきなのか
購買グループの視点が重要だからといって、個人単位のリード管理が不要になるわけではありません。ウェビナー申込や資料ダウンロードは、担当者が関心を持ったことを知る接点になります。ただし、それが企業全体の購買決定や、他部門の賛成まで意味するわけではありません。
営業への引き継ぎ条件を決めるときは、①個人が示した関心、②企業・導入課題の適合、③購買グループで未確認の役割、④顧客が次に進む条件を分けます。リードスコアリングの設計記事では、FitとEngagementを混同しない方法を説明しています。購買グループの情報はそれを置き換える万能指標ではなく、別の視点を加えるものです。
PMM・営業・技術はどう分担するか
PMMは市場・顧客の理解から価値とメッセージを整理し、営業は顧客が実際にどう判断しているかを確認します。技術は、提案が成立する条件と守れない約束を検証します。購買・法務の問い合わせには、社内の担当部署が正確な条件を提示します。
部署間で役割が決まっていなければ、商談で新しい疑問が出るたびに言い分が食い違います。プロダクトマーケティング(PMM)と営業と技術の間に立つBtoBマーケティングでは、これらの分担と価値の翻訳を別の角度から扱っています。
架空例:問い合わせから商談が止まるまでを再構成する
ここでは、特定の顧客や実在の案件ではない架空例を使います。あるクラウドサービスの紹介資料を利用部門の担当者が取得し、製品デモにも前向きでした。その後、技術審査が必要になり、社内検討は停止。売り手側のCRMには「熱度が高いのに失注の危険」と記録されています。
役割マップへ分解すると、利用担当者の目的は作業時間の削減、情報システムの疑問は既存認証との連携、購買側の懸念は更新条件でした。これらは仮説ではなく、それぞれの関係者へ適切に確認して初めて事実として扱えます。次の打ち手は、決裁者への値引き交渉ではなく、対応方式の検証・契約条件の説明・効果の前提の見直しになるかもしれません。
重要なのは、顧客が止まっていること自体を悪い状態とみなさないことです。自社の製品が要件に合わないなら、買わない判断が適切なこともあります。購買を支えることは、どんな会社にも無理に買ってもらうことではありません。
成果をどう測るか――関与者の人数だけを追わない
購買グループを支える施策を評価する際、「接点を持った社員の人数」が増えたという理由だけで成果を判断するのは避けます。増えた接点が必要な合意や検証に役立ったかを確かめる必要があります。
- 情報の品質:役割や懸念に「確認済み」「仮説」「未確認」の区別がついているか。
- 判断の前進:止まっていた技術・契約・運用上の問いに、根拠ある回答が出たか。
- 顧客への負荷:同じ質問を別担当から重ねていないか。必要以上の接触を求めていないか。
- 営業とマーケの協業:資料の不足や誤りが修正され、次の商談へ引き継がれているか。
- 事業成果:適合案件で商談や受注がどう変わったか。ただし改善施策との因果は別途検証する。
2025年のGartner調査では、購買グループの意見調整と案件の品質との関係が示されています。しかし、個別企業で「役割マップを作れば受注率が何%上がる」と約束できるものではありません。自社の過去案件をもとに、何を先に確認すれば顧客の判断が進むかを試すことから始めるのが現実的です。
まとめ:購買グループは「一社の中の、ある判断に関わる人たち」
BtoBの複雑な購買では、企業名と個人のリードだけで状況を説明しきれない場合があります。同じ企業でも課題ごとに違う購買グループが動き、利用者、技術、購買、予算の責任者が異なる根拠を必要とします。
だからこそ、役職名で決裁権を決めつけず、顧客が確認したい問いと証拠を、事実と仮説に分けて共有すること。「誰を説得するか」ではなく、「誰が何を確かめれば納得して判断できるか」という視点に変えることが、買い手にも売り手にも役立ちます。
参照資料と確認範囲
- Forrester「Six Steps To Buying Group Success」:購買グループの特定、商談機会、役割の違いを踏まえた営業・マーケ連携。Forresterの6ステップを紹介。
- Gartner(2025年5月7日)購買グループ内の意見対立に関する調査:2024年8〜9月の632人への調査、5〜16人という例、部門間の合意。
- Forrester「Understanding B2B Buyer Roles Is The Key To Navigating Buying Groups」(2025年更新):購買グループの役割を検討するための報告書。閲覧可能な概要に基づく参照であり、会員限定の本文を閲覧したものではない。
- Forrester「Buyer Enablement: A Vital New Discipline for B2B Sales and Marketing」(2024年):買い手の自主的な情報収集と購買判断を支える実務の位置づけ。
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