仕事とは何か|ドラッカー、ソロー、フォード、ジョブズ、アランから読む「働く意味」

仕事を「何をしているか」だけで考えない

仕事とは、給料を得ることなのか。価値を生むことなのか。好きなことをすることなのか。あるいは、自分の時間を何かへ差し出すことなのか。

「仕事」という言葉には、職業、労働、役割、使命、事業、創作といった異なる意味が重なっています。

このページでは、ピーター・ドラッカー、ヘンリー・デイヴィッド・ソロー、ヘンリー・フォード、スティーブ・ジョブズ、アランを横断し、仕事を「成果」だけでなく、顧客、サービス、集中、行動、時間という複数の軸から考えます。

ドラッカー――仕事の目的は、組織の外側にある

「企業目的の有効な定義は一つ、顧客を創造すること」では、この考えを1954年『The Practice of Management』の原文へ戻して読めます。

同じ顧客起点をマーケティングそのものから読むなら、「マーケティングの目的は販売を不要にすること」へ。売る技術より前に、顧客を理解し、製品やサービスが顧客に合う状態を作るという議論につながります。

ドラッカーは『The Practice of Management』で、企業の目的を「顧客の創造」に置きました。

利益が不要だという意味ではありません。利益は事業を継続するために必要ですが、「なぜその仕事が存在するのか」という目的を利益だけで定義しません。

重要なのは、仕事の価値を自分たちの忙しさや努力量ではなく、顧客が何を価値と感じるかから見ることです。

この視点では、「頑張っている仕事」と「価値を生んでいる仕事」は同じではありません。仕事は組織の内部で完結せず、その外側にいる誰かとの関係で意味を持ちます。

フォード――利益の前にサービスを置く

ヘンリー・フォードは1922年の『My Life and Work』で、真の事業の基礎をサービスに置き、金はサービスの結果として自然にやってくると書きました。

ここでのサービスは接客だけではありません。製品を改善し、適切な価格で届け、購入後まで責任を持つことを含みます。

ドラッカーの「顧客の創造」とフォードの「サービス」を並べると、仕事の価値は自分がどれだけ働いたかより、他者へどんな価値が届いたかで考えた方がよいことが見えてきます。

ただしフォード式大量生産は、仕事を細分化し、生産性を高める一方で、単調な反復労働も生みました。効率化された仕事が、人にとって良い仕事とは限らないという問題も残ります。

ソロー――仕事のために人生を使い切ってよいのか

ソローは、仕事の価値を反対側から問い直します。

『Life Without Principle』では、生計を得るためであっても、自分の生命や純粋さを失う仕事なら本当に引き受けるべきなのかを問います。

『ウォールデン』の生活実験も、「働かなくてよい」という話ではありません。生活を単純化し、自分の時間が何に消えているのかを確かめる試みでした。

ドラッカーやフォードが「仕事によって何を生み出すか」を問うなら、ソローはその仕事のために、自分は何を差し出しているのかを問います。

ジョブズ――集中とは、何をしないかを決めること

WWDC 1997の「顧客体験から始め、テクノロジーへ逆算する」では、仕事の出発点を技術ではなく顧客価値へ置く考えがより直接的に現れます。

スティーブ・ジョブズの仕事観で特徴的なのは、選択と集中です。

2004年のインタビューでは、Appleが重要なことへ集中するために「1000のことにノーと言う」と説明しています。

仕事を増やすことは、必ずしも仕事を良くすることではありません。人材、時間、注意には限りがあります。

ジョブズの集中を個人の断捨離術だけにすると狭すぎます。本質は、限られた資源をどこへ使わないかまで決めることにあります。

また本人は初期Appleの仕事を、多くの人が参加した「collective works of art」のようなものとして振り返っています。強い個人の決断と、チームによる共同制作は対立しません。

アラン――仕事は、考えすぎる自分を現在へ戻す

アランは『幸福論』で、幸福を外から探すより、読書、音楽、科学、スポーツ、仕事などの活動へ実際に入ることを重視しました。

1909年の「L’ennui」では、何も建設も破壊もするものがない人の不幸を論じ、「知覚し、行動すること」を退屈への治療として置きます。

ここで仕事は、肩書や所得ではなく、世界へ手を出し、自分が行為者になることとして見えてきます。

ソローが「仕事に人生を奪われるな」と警戒する一方、アランは「何もしないまま自分の内面だけを見続けること」にも危険を見る。この二人を並べると、働きすぎと無為のどちらにも単純な正解がないことが分かります。

仕事は「好きか嫌いか」だけでは測れない

仕事を考えると、「好きな仕事を見つけるべきか」という問いに集約されがちです。

しかし5人を比較すると、それだけでは足りません。

ドラッカーなら「誰にどんな価値を作っているか」。フォードなら「サービスになっているか」。ソローなら「人生の時間を差し出す価値があるか」。ジョブズなら「何へ集中し、何をしないか」。アランなら「自分が行為者になれているか」。

つまり仕事は、適職診断だけではなく、価値、時間、選択、他者、行動をどう組み合わせるかという問題です。

「仕事」と「人生」を完全に分離できるのか

モンテーニュ「私の仕事、私の技術は、生きることだ」という言葉まで視野を広げると、仕事と人生の境界そのものが問いになります。

仕事が人生のすべてになる必要はありません。しかし人生の大きな時間を仕事へ使う以上、その時間を完全に「人生ではない時間」とすることも難しい。

何の仕事をするかだけでなく、その仕事をしている自分はどのように生きているのかまで考えると、仕事の問いはキャリアを越えて生き方の問いになります。

別の入口から考える

事業と顧客の側から深めるなら、BtoBマーケティングへ。

働き方やキャリア形成の側から考えるなら、キャリア・仕事へ。

仕事に何時間を使うのかという問いは、「時間とは何か」へつながります。

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