アラン(Alain、本名 Émile-Auguste Chartier, 1868–1951)は、フランスの哲学者・教師・評論家です。体系的な大著よりも、新聞へ寄稿した短い哲学断章「Propos」で広く知られます。
幸福、自由、教育、戦争、政治、芸術、身体、気分。扱う主題は広いですが、中心にあるのは人は受け身の気分や権威に流されず、自分で考え、自分で行動し、自分を統御できるかという問いです。
「幸福論の哲学者」として親しみやすく紹介されがちな一方、第一次世界大戦へ自ら志願して従軍し、その経験から強い反戦思想へ向かった人物でもあります。
教師としてのアラン
アランは1889年に高等師範学校を卒業後、長く哲学教師として働きました。1909年から1933年までパリのリセ・アンリ四世で高等師範学校受験クラスを教え、シモーヌ・ヴェイユ、ジョルジュ・カンギレム、ジュリアン・グラックら多くの学生に影響を与えました。
彼の哲学が抽象体系より、短い具体例、身体の動き、日々の判断を重視するのは、教師として「考える訓練」を続けたこととも深く関わります。
Propos――短い新聞記事で哲学する
アランの代表的な形式が「Propos」です。時事や日常の小さな出来事から出発し、数ページほどの短い文章で、自由、権力、幸福、戦争、芸術などを考えます。
同じ問題を別の日に別の角度から書くため、アランの思想は一つの完成した体系というより、判断を何度も練習する哲学として読む方が分かりやすい人物です。
『幸福論』――幸福を探すのではなく、行動の結果として考える
『Propos sur le bonheur(幸福論)』は、1906年から1926年に書かれたProposから93篇を選んだ作品です。1925年に初版、1928年に増補版が刊行されました。
この本の幸福論は、「前向きに考えれば幸せになれる」という自己暗示ではありません。
「幸福を探し始めると、見つけられない」と書き、幸福を完成品のように外から手に入れようとする態度を批判します。
読書、音楽、科学、スポーツ、仕事など、実際に行動へ入り込み、困難を越える過程で幸福が後から生じる。これがアランの大きな特徴です。
「悲観主義は気分、楽観主義は意志」
「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志による」は、1923年9月29日の「Il faut jurer」に確認できる真正な文章です。
ここでの楽観主義は、未来がうまくいくと予想する性格ではありません。放っておけば悲しみや怒りへ傾く「気分」を、そのまま真実として受け入れず、行動と自己統御によって立て直すことです。
アランにとって幸福は、受動的な感情より自分をどう統御するかという実践に近いものです。
幸福は「行為者であること」と結びつく
「電車で山頂へ来た人は、登山家と同じ太陽を見ない」という1922年の文章では、同じ山頂でも、自分の力で登った人と運ばれてきた人では経験が違うと論じます。
景色そのものではなく、自分がその経験の中で何をしたかが喜びを変える。
「何も建設も破壊もするものがない人は不幸だ」という1909年「L’ennui」でも、退屈への治療として「知覚し、行動すること」を置きます。
過去に人生を固定しない
「なぜ勉強しなかったのか、は怠け者の言い訳。なら勉強せよ」は1922年の「La fatalité」にあります。
アランは、過去に勉強したことへ依存するのも、勉強しなかったことを悔やむのも同じように批判します。
その人の現在を、過去の選択だけで宿命のように決めない。今から何をするかによって、既にある条件をどう使うかは変えられるという考えです。
幸福を未来へ置きすぎない
「遠くの幸福は輝くが、追いかけることはできない」という文章も、1911年の「Victoires」にあります。
アランは、未来にある幸福が魅力的で、手に入れると色あせる、という詩人的説明さえ「粗雑だ」と批判します。
幸福は「手に入れる対象」ではなく、活動の中へ入ることで生まれる。だから、未来の完成された幸福像を追うほど、現在の行動から離れてしまいます。
出典をまだ確定できないアラン名義の言葉
「生き物はすべて孤独で、人間は自らが孤独であることを最もよく知る」という日本語はアラン名義で流通していますが、今回の監査では対応するフランス語原文と作品を確認できませんでした。
アランの思想に似ていることだけで真正性を決めず、現時点では原典要検証として扱います。
「現在だけを耐えればよい。過去はなく未来はまだない」も『幸福論』由来として広く引用されていますが、今回の監査では具体的なPropos位置まで確定できていません。
第一次世界大戦――46歳で志願し、そこから反戦へ
1914年、アランは46歳で本来は動員対象ではありませんでしたが、自ら志願し、一兵卒として第一次世界大戦へ参加しました。1916年に負傷し、1917年に除隊します。
従軍経験はその後の思想へ大きな影響を与えました。命令、権力、集団的熱狂、戦争を生み出す心理を強く警戒し、平和主義を徹底していきます。
幸福論に現れる「気分へ流されない」「自分を統御する」「集団の感情へ感染しない」という問題は、個人の心の健康だけでなく、政治や戦争ともつながっています。
自由と民主主義――権力へ服従しすぎない
アランは急進共和派に近い立場から、個人の自由と民主主義を重視しました。
有名な「服従と抵抗、この二つが市民の徳である」という考えでは、秩序を維持するため一定の服従が必要である一方、権力を無条件に信頼すれば自由が失われると考えます。
「考える」という行為そのものを、与えられた権威や自分自身の気分に対して一度「否」と言う力として捉えました。
アランを「ポジティブ思考の哲学者」にしない
アランの短い言葉は、自己啓発的なポスターへ変換しやすいものです。しかし原文を読むと、幸福は簡単な気分転換ではありません。
身体を動かし、何かを学び、作り、自分へ規則を課し、他者へ不機嫌を撒き散らさず、権力や集団心理へも距離を取る。
つまりアランの幸福論は、気分の哲学ではなく、行動・判断・自己統御の哲学として読む方が本質に近づきます。
『幸福論』から入るか、戦争体験から入るか
幸福論全体を読みたい場合は、『幸福論』作品ページへ。
代表的な真正引用なら、「悲観主義は気分、楽観主義は意志」。
幸福と行動なら、登山家と同じ太陽、幸福を探すと見つからない。
学びと過去の関係なら、「なら勉強せよ」へ進んでください。
参考資料
生涯・教育・政治活動についてはAssociation des Amis d’Alainの公式サイトおよび同サイト掲載の詳細年譜を参照しています。『Propos sur le bonheur』の各文章についてはAssociation des Amis d’Alainの公開テキスト、1928年版Wikisource等を照合しています。
「仕事とは何か」 行動と幸福の関係から、アランをドラッカー、フォード、ソロー、ジョブズと比較できます。