アラン「何も建設も破壊もするものがない人は不幸だ」|1909年「L’ennui」と行動の幸福

はじめに

「人は建設すべきものも破壊すべきものもなくなると、非常に不幸になる」。この言葉は、アランの1909年1月29日のPropos「L’ennui(退屈)」冒頭に確認できます。

問題は「破壊したい本能」ではなく退屈

アランが論じるのは、何もすることがなく、自分自身について考え続ける状態です。『ヴィルヘルム・マイスター』の「過去も未来も考えない」という規則を挙げながら、それを実行するには手と目が何かに取り組んでいなければならないと述べます。

その核心をアランは「知覚し、行動することが真の治療だ」と表現します。

旧日本語の「男」は原文の homme

原文の un homme は文脈上「人間/人」を意味し得ます。旧記事の「男は」とすると、性別についての一般論に見えますが、この冒頭句の中心は退屈と行動の関係です。

まとめ

この言葉は、「忙しくしていれば幸福」という単純な話ではありません。受け身の思考が恐怖と後悔を増幅する一方、世界へ手を出し、何かを作り変える行動が人を現在へ戻すというアランの幸福論です。

出典メモ:Alain(Émile Chartier), « L’ennui », 1909年1月29日、Propos sur le bonheur 第38篇。Wikisource掲載のフランス語本文で「作るものも壊すものもないとき」という冒頭と、行動・知覚を重視する議論を確認できます。旧流通形の「男」は un homme の訳し方に関係しますが、原文には当時の男女の役割を前提とする記述もあり、その価値観を現代へ無条件に一般化しません。「不幸になる」は著者の思想的表現であって実証的な普遍法則ではありません。

アランの人物ページへ → 教師・哲学者としての生涯、自由、反戦思想までまとめて読めます。『幸福論』全体は作品ページへ。

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