はじめに――『モンテ・クリスト伯』は復讐に成功して終わるのか
『モンテ・クリスト伯』は、無実の罪で長く投獄された青年エドモン・ダンテスが、莫大な財産を得て復讐を果たそうとする小説です。復讐劇として有名ですが、原作の結末は敵をすべて倒して万歳する話ではありません。他者を傷つけた結果を見て、自分がどこまで裁いてよいのかを考え直すところに核心があります。
アレクサンドル・デュマとオーギュスト・マケの協働による長編は、1844年から1846年にかけて連載されました。映画やドラマには大胆な改変もあるため、原作の恋人メルセデス、後に登場するエデ、若いマクシミリアンとヴァランティーヌの運命を混同せず読む必要があります。
ここではProject Gutenbergの英語訳に収められた冒頭から最終第117章までを参照し、とくに脱獄の仕組みとラストの手紙を確認します。フランス語初刷を直接校合したのではなく、原作に基づく古い英語訳の本文を確認したことをあらかじめ示します。結末まで触れます。
婚約の日の逮捕――誰がダンテスを陥れたのか
1815年、若い船乗りエドモン・ダンテスは、マルセイユに帰港し、婚約者メルセデスとの結婚を控えていました。しかし昇進や恋愛をめぐる嫉妬が重なり、政治的な容疑を告発する手紙が作られます。彼は自分が何をしたのか十分に理解できないまま、国家の権力によって自由を奪われるのです。
ダングラールは職場での嫉妬から陰謀を進め、フェルナンはメルセデスへの思いから関与します。検事代理のヴィルフォールは、自分の立場を守るためにダンテスを幽閉する判断を下します。直接手を下した人だけでなく、権力を使って不正を隠した人の責任も、物語の根にあります。
ダンテスはイフ城の牢獄で長い年月を過ごします。結婚の予定、父との暮らし、船乗りとしての未来は途絶えました。復讐の理由は、財産を失ったというだけでなく、自分の人生の時間そのものを奪われたことにあります。
牢獄と脱出――ファリア神父が残したもの
獄中でダンテスは隣の囚人ファリア神父と出会い、学問や歴史、言語について教わります。神父は彼の冤罪の背景を考え、モンテ・クリスト島に隠された財宝の秘密も伝えます。神父が残したのはお金のありかだけではなく、世の中を見る知識と人を疑う視点でした。
ファリア神父が亡くなると、ダンテスは遺体を運ぶための袋へ潜り込み、死者として牢獄の外へ運ばれます。袋ごと海へ投げ込まれた彼は脱出し、生き延びます。単に看守の隙をついて逃げたのではなく、死者の代わりになるという危険な方法を選んだのが原作の経緯です。
その後ダンテスは宝を発見し、富裕な「モンテ・クリスト伯」という別の顔で社会に戻ります。財力と情報を駆使して以前の関係者に近づきますが、何でもできるように見えるほど、他人の人生を操作することの危うさも大きくなっていきます。
復讐の相手と結末――報いは思いどおりに進んだか
伯爵はフェルナンの裏切りを暴き、名誉と家族の関係を崩します。フェルナンは最後には自ら命を絶ちます。メルセデスは彼の妻になっていましたが、真実を知り、ダンテスとは以前の関係へ戻りません。復讐が果たされたとしても、失われた若い日の生活は取り戻せないことが分かります。
ヴィルフォールの家では、家庭内の毒殺事件が重なり、本人の妻と幼い息子にも悲劇が及びます。伯爵はここで、自分が望んだ以上の損失が生まれたことに衝撃を受けます。罪を犯した本人への報復が、無関係な家族の苦しみへ広がることは、復讐の正当性を揺さぶります。
一方、財産を失い追い詰められたダングラールは、最終的には伯爵に命を助けられます。敵の誰もが同じ結末を迎えるわけではなく、伯爵自身も復讐の仕方を変えるのです。原作を「敵を全員殺して終わる」と説明するのは正確ではありません。
エデと若い二人の未来――最後に残るのは希望
復讐劇の終盤では、マクシミリアン・モレルとヴァランティーヌ・ヴィルフォールの関係も重要になります。ヴァランティーヌは死んだように見えますが、伯爵の計画で生き延び、最後にマクシミリアンと再会します。悲しい出来事の連続だけでなく、若い二人の命と未来を守ろうとする行動が描かれます。
伯爵のそばにいたエデ(Haydée)も、結末で自分の意思を示します。伯爵は彼女を自由にして離れようとしますが、エデはともに生きることを選びます。原作で伯爵が最終的に一緒に船出する相手は、昔の婚約者メルセデスではなくエデです。19世紀の作品には身分や奴隷制をめぐる表現があるため、現代の価値観で美化しすぎない注意も必要です。
第117章の最後に伯爵が残す手紙には、英語訳で「Wait and hope.」という短い言葉が現れます。日本語では「待て、そして希望を持て」といった趣旨になります。復讐をやり遂げた人が最後に残すのは、ただ相手を許せという言葉でも、すぐに幸せになれるという保証でもないのです。
まとめと原典――「待つ」と「希望する」を読む
『モンテ・クリスト伯』は、青年ダンテスが陰謀により14年間囚われ、別の身分で戻って復讐を進める物語です。しかし最後には、他者へ裁きを加える自分の限界と、命を守る選択にも目を向けます。復讐の達成と人生の回復は別の問題だと気づかせます。
同じデュマ作品の『三銃士』の原作解説では、友情と裏切り、私的な裁きの問題が描かれます。また、『宝島』の原作解説では、財宝が人間関係に何をもたらすかを考えられます。冒険と財産の話を、他者への責任という視点で読み比べるのも面白いでしょう。
参照原典:Project Gutenberg『The Count of Monte Cristo』(英語訳、全117章、特に最終章「The Fifth of October」)、Project Gutenberg書誌情報(デュマとマケ、原作1844〜1846年連載)。原著と19世紀の翻訳は、現在刊行される日本語訳、映画、挿絵の権利とは別です。今回は現代訳を転載せず、英語訳を参照して独自に要約しました。