はじめに――好きな仕事に没頭しても満たされないとき
好きな仕事で成果を出しているのに、以前ほど楽しく感じられない。そんな状態は、仕事への情熱が足りないから起きるとは限りません。人気テレビドラマを手がける脚本家・プロデューサーのションダ・ライムズは、2016年のTED講演で、忙しさの中で失った喜びをどう取り戻したかを語りました。仕事の成功だけでは満たせないものに目を向ける話です。
TED公式の開催当日記事には、本人の言葉として「Work doesn’t work without play.」と記録されています。見出しの「仕事は遊びなしには成り立たない」は説明訳であり、本人が日本語で語った言葉ではありません。ここでの遊びは特定の娯楽を強制する意味ではなく、仕事以外にも心が動く時間を持つことへの問題提起です。
ただし、これは休憩を取れば必ず業績が上がるという実験結果ではありません。人によって生活条件も休息の取り方も違います。本人の経験談と万人に通用する科学的法則を分けることで、言葉の価値をより正確に考えられます。
2016年2月15日、TED2016での講演
TED公式の講演ページによれば、ションダ・ライムズは2016年2月のTED2016で「My year of saying yes to everything」を発表しました。TED公式ブログの2016年2月15日付記事には、その日の講演の概要と本人の発言が掲載されています。人物、イベント、開催日、講演タイトルを主催団体の記録で特定できます。
ライムズは『グレイズ・アナトミー』や『スキャンダル』などの作品を生み出してきました。当時は複数のドラマ制作を同時に担い、脚本を書くことに強く魅了されていたと説明しています。仕事が嫌いになった人の話ではなく、大好きな仕事へ没頭していた人の話だという背景が重要です。
なお、この講演と2014年のダートマス大学卒業式演説は異なる機会です。後者では夢を見ることと行動することを考えていますが、2016年は仕事で感じる充実と日常の喜びの関係を語っています。同じ人物の発言でも、開催年と主題を混同しないようにしましょう。
「イエスの一年」は、何にでも従うことではない
ライムズは講演で、自分を怖がらせたり、居心地のよい場所から踏み出させたりすることへ、一年間「イエス」と答えてみたと説明しました。人前で話す機会など、以前なら避けたかもしれない活動へ向き合う実験でした。自分で選んだ挑戦へ、意識的に踏み出すことが出発点です。
しかし、講演の結論は、他人からの頼み事をすべて引き受けることではありません。むしろ、働きすぎの状態を変えるため、仕事以外の時間に「イエス」と言えるようにしたことが中心になっています。あることへイエスと言うには、別のことへノーと言う必要がある場合もあります。
仕事の依頼や予定に際限なく応じれば、疲労やトラブルにつながりかねません。自分にとって大切な挑戦と、断ってよい負担を分けることが必要です。挑戦を増やすことと、自分の限界を無視することは違うと理解できます。
仕事への没頭を「ハム」と呼んだ理由
TED公式ブログによると、ライムズは仕事に深く集中しているときの充実感を「hum(ハム)」という音の比喩で表しました。忙しい制作現場で、創作を続けることが自分の活力となっていたのです。仕事から得られる喜びを否定せず、その大きさを認めている点に注目できます。
一方、仕事が順調になるほど任されることが増え、成功を維持するためにさらに働く循環も生まれていました。外から見れば充実したキャリアでも、本人の内面では喜びが薄れていたと語っています。成果を積み上げていることと、同じように満たされていることは別なのです。
ここでの「ハム」は本人が使った文学的な比喩であり、特定の病気を診断する医学用語ではありません。また、忙しさを好むこと自体が悪いとも限りません。自分が何から活力を得ていて、何を後回しにしているかを考える手がかりとして読めます。
喜びを取り戻した日常の小さな「イエス」
講演では、家族との遊びの時間に応じた経験が、自分の暮らしを見直す大きなきっかけになったと本人が語っています。TEDの開催当日記事も、仕事へ向かおうとしたときに遊びへ応じた場面を紹介しました。大きな成果とは関係のない日常の時間が、本人には重要だったという話です。
このエピソードは、すべての人が同じ家族構成や生活を持つべきだという主張ではありません。友人と会うこと、趣味に向き合うこと、一人で散歩することなど、仕事以外に心が向く時間は人それぞれです。本人の具体的な体験を、ほかの人が同じ形で再現すべき義務にしないことが大切です。
また、忙しい人が休めない状況を、本人の選択だけの問題として片づけるべきではありません。家庭や職場での役割、時間や収入の制約もあります。休む意志と、実際に休める環境の両方を考える必要があるでしょう。
「仕事は遊びなしには成り立たない」の読み方
本人はTED公式記事で、仕事の充実感の代わりになっていたものを振り返り、本当に大切だったのは喜びや愛情だと語りました。その流れで「Work doesn’t work without play.」という表現が登場します。働くことをやめるのではなく、働く自分を支える喜びも見失わないという意味です。
この言葉を、社員にイベント参加や余暇活動を強制する根拠に使うのは適切ではありません。遊びと感じる活動は人によって異なり、職場で一緒に過ごすより静かな時間が必要な人もいます。自分にとっての休息を他人の価値観で決めない配慮が必要です。
同時に、休む時間を確保するためには、仕事の進め方を調整する必要もあります。何を優先するか、誰と役割を分けるか、いつ連絡するかを考えることができます。心構えの問題だけでなく、実際の予定や仕組みを変えることが実践につながります。
仕事と人生のバランスを考える記事と比べる
ションダ・ライムズの2014年ダートマス卒業式演説では、夢を語るだけでなく実際に行動することを考えています。今回のTED講演は、行動する力に加えて、立ち止まって喜びを取り戻すことが主題です。挑戦と休息という異なる側面から、本人の言葉を読み比べられます。
アリアナ・ハフィントンの2010年TEDWomen講演は、睡眠不足を誇る働き方へ問題を提起しました。ライムズの「遊び」とハフィントンの「睡眠」は同じではありませんが、どちらも仕事量だけを価値の基準にしない考え方です。休むことにもさまざまな形があると分かります。
ロバート・ウォールディンガーの2015年TEDx講演では、長期的な幸福と人間関係の質について扱っています。ライムズの話は個人の経験談であり、長期研究の結果ではありません。経験からの気づきと観察研究の知見を区別して考えると理解が深まります。
まとめ――何にイエスと言うかを、自分で選ぶ
ションダ・ライムズは2016年2月15日のTED2016で、挑戦へ応じる「イエスの一年」と、仕事への没頭のなかで薄れていった喜びを語りました。TED公式の講演ページと当日レポートで、開催情報と短い本人の言葉を確認できます。発言を別の演説と混ぜず、原典の文脈に沿って読むことができます。
この講演の価値は、何にでも応じることを勧める点にはありません。仕事以外の時間を持つため、何を選び、何を断るかを見つめ直すことです。成果と喜びのどちらかだけを大切にするのではなく、両方が続く条件を考えるきっかけになるでしょう。
出典はTED公式「My year of saying yes to everything」、TED公式ブログの2016年2月15日付開催報告、TED公式の講演者プロフィールです。日本語見出しは本人の英語発言を説明した訳で、講演全文の逐語訳ではありません。