はじめに|新しいものを生む姿勢
北川進が2025年のノーベル化学賞受賞記者会見で語った「新しいことにチャレンジする」は、科学者として大切にしてきた姿勢を表す言葉である。成果が評価された瞬間にも、受賞そのものより新しい材料を探してきた過程を振り返っている。
この一節は、挑戦すれば必ず成功するという万能の励ましではない。北川は続けて苦しいこともあったと認め、長年にわたり新しいものを作ることを楽しんできたと述べた。楽しさと困難が同じ研究生活の中にあったことが、言葉を単純な成功談から遠ざける。
未知に向き合うことは、以前の方法を捨てることだけを意味しない。既に得られた知識や技術を使い、まだ答えのない問いを見つける営みでもある。新しさを求める姿勢と、積み重ねてきた時間との関係に注目したい。
原典|2025年10月の京都大学公式記録
京都大学が2025年10月9日に公開した北川進の記者会見記録に、本人のコメントとして「新しいことにチャレンジする、科学者として大切にしてきたことです。」と記載されている。大学の公式発表で話者、発言内容、会見の時点を特定できる。
会見は、2025年10月8日夜にノーベル化学賞受賞が発表されたことを受けて行われた。北川は新たな機能を持つ材料を開発してきた経緯を説明している。「チャレンジ」は抽象的な自己啓発ではなく、材料科学の研究に向けられた言葉である。
京都大学の会見ノーカット映像の案内も、本人コメントと会見日時を掲載する。本文の逐語表記は大学公式ニュースを基準とし、映像は会見の存在と発言場面を補う資料として位置づける。
科学の新しさ|まだない機能を考える
北川が取り組んできたのは、金属イオンと有機分子などを組み合わせて多孔性の構造を作る材料研究である。細かな空間に物質を取り込む性質などが注目されてきた。目の前にない機能を、分子の組み合わせから設計しようとするところに、新しいものを作る意味がある。
新しい研究では、最初の試みがすぐに実用化につながるとは限らない。測定の方法を直し、条件を変え、同じ問いを別の角度から確かめる時間が必要になる。成果だけでなく、まだ確かめられていない段階を研究として扱うことが重要だ。
材料科学での挑戦を、そのまま誰もが新製品を発明すべきだという指示に変える必要はない。職場でも学習でも、既存の知識から疑問を立て直す場面はある。新しい価値を探すために、何が未解決なのかを丁寧に見極める姿勢を読み取れる。
困難と楽しさ|長い時間をどう捉えるか
北川は公式コメントで、辛いこともあった一方、実際に新しいものを作ることを長く楽しんだと振り返った。研究生活を成功までの直線として語らず、困難も含んだ時間として示している点が印象的である。
楽しむという言葉を、いつも明るく前向きでいなければならないという義務にしてはならない。研究には失敗や停滞があり、支える人の協力も必要になる。苦しい瞬間があっても問いに戻りたいと思えることが、長く続けるための一つの条件かもしれない。
同じ研究に時間をかけることには、社会の支援や研究資源も関わっている。個人の熱意だけで研究環境が成り立つわけではない。挑戦を称える際には、挑戦し続けられる場所をつくる人々にも目を向けたい。
研究は共同作業|仲間への感謝
会見で北川は、同僚や学生、博士研究員、家族、京都大学への感謝を述べている。新材料の研究は、一人の着想だけで完成するものではない。成果を生むまでに実験、議論、設備の維持など多くの役割が重なっている。
挑戦という言葉から孤独な天才の姿を連想しやすいが、研究で試行錯誤を続けるには人との協力が必要になる。異なる専門性を持つ人が意見を交換し、うまくいかなかった方法も共有する。挑戦を続ける力には、失敗を話せる関係も含まれる。
北川の別の言葉「無用之用」は、すぐには価値が分からない研究をどう評価するかという問いにつながる。挑戦する人の姿勢と、その挑戦を急いで成果だけで裁かない環境は、互いに支え合う関係にある。
まとめ|結果だけでは測れない研究の時間
「新しいことにチャレンジする」は、北川進が2025年の受賞記者会見で科学者としての歩みを説明した一節である。未知の機能を持つ材料を追い求める姿勢を、苦労と楽しさの両面から語った言葉として理解できる。
新しいものを作ることには、失敗しながら方法を確かめる時間が伴う。成果が見えた瞬間だけを切り取るより、その前に何度も問いを立て直す営みに目を向けたい。挑戦の価値は、成功が保証されない段階にも存在する。
原典確認:京都大学「北川進 理事・副学長、高等研究院特別教授が記者会見を行いました」(2025年10月9日)。タグ114根拠:京都大学公式会見記録の北川本人コメントに「新しいことにチャレンジする、科学者として大切にしてきたことです。」を逐語確認し、材料開発と長年の研究をめぐる前後を照合。関連する「無用之用」と「誰もが手にできなかったものを最初に手にできる」も異なる観点で読める。