芥川龍之介『羅生門』は、荒れ果てた京都の門を舞台に、仕事を失った下人が盗みへ踏み出していく短編小説です。「生きるためには悪をしてもよいのか」という問いで知られますが、作品は単純に下人の行動を肯定したり、老婆だけを悪人として処罰したりする物語ではありません。二人がそれぞれの行為を説明しようとする過程が、読み手の判断を揺さぶります。
この作品ガイドでは初出・『今昔物語集』との関係・下人と老婆の心理・改稿で変わった最後の一文を整理します。結末まで触れるため、未読の方は青空文庫の新字新仮名本文または旧字旧仮名本文を先に読むこともできます。作者全体の案内は芥川龍之介の人物ガイドへ進めます。
1915年『帝国文学』で発表――初出と現在の底本は違う
『羅生門』の初出は1915年11月の雑誌『帝国文学』です。青空文庫の新字新仮名版図書カードには、初出誌、筑摩書房の1986年版をもとにした底本情報などが記されています。現在ウェブで読める本文は便利ですが、1915年の雑誌初出の紙面そのものを直接再現したものではありません。
旧字旧仮名版の図書カードは、阿蘭陀書房版の復刻を底本とすることを示しています。同じ作品名でも、字体・仮名遣いだけでなく本文に版の違いがある場合があります。引用する際は、どの版を見たか、いつの文章を指すかを明記することが重要です。
『今昔物語集』をどう作り替えたか
芥川は『今昔物語集』巻二十九の「羅城門登上層見死人盗人語」を素材に、別の作品を作りました。青空文庫の作品紹介も、古典の説話を出発点としたことを示しています。ただし芥川の小説は原典の文章を現代語に直して並べただけではありません。
古典の盗人の物語に対し、芥川は仕事を失った下人が迷い、ある会話を境に行動を変えるまでの内面を厚く描きます。大学の日本文学研究者による比較も、はじめから盗人と呼ばれる古典の人物と、芥川作品の下人との違いに注目しています。古典の成立事情と、近代小説が新たに作った問題を分けて読むことができます。
雨を待つ下人――仕事と居場所を失った状況
物語の冒頭、下人は羅生門の下で雨がやむのを待っています。京都の荒廃、門の壊れた様子、死体が捨てられる習慣といった説明は、単なる不気味な舞台装置ではありません。人々の暮らしがすでに崩れ、下人も明日の生活をどう支えるか決められない状況に置かれています。
とはいえ、失職したことがその後の行動を自動的に正当化するわけではありません。物語は、下人が自分の生存を気にかけながらも、悪いことをするか、飢えるかという考えの間で揺れている時間を細かく描きます。置かれた事情と、本人が実際に選んだ行為を区別することが読み始めの要点です。
梯子を上る――老婆との出会いが何を変えるか
下人は上層から見える灯りに気づき、門へ上ります。そこでは老婆が死体の髪を抜いています。下人はその行為に嫌悪や怒りを抱き、盗人になるかどうか迷っていたときとは異なる態度を取ります。
死体の髪を抜くという行為の不気味さだけを取り上げると、下人が感じた義憤はそのまま正義であったように見えます。しかし、彼はまだ老婆の事情を聞いていません。話を聞く前の断定と、話を聞いた後に見せる行動を並べることで、他人への道徳的な評価がどれほど変わりやすいかが見えてきます。
老婆は何を説明したか――自分の行為を正当化する論理
老婆は、髪を抜いていた相手が生前、蛇を干して魚だと偽って売っていたという話を持ち出します。そして、そうしなければ生きられなかった事情があるのだから、その女も、死体の髪を抜く自分も、仕方がないと説明します。
この言い分は「生きるため」という理由がどこまで不正を説明できるかという問いを生みます。しかし、老婆の話は登場人物の弁解であり、作品外で確かめた客観的な判決ではありません。読者は、行為の善悪と、行為を選んだ人が語る理由とを同じものとして扱わずに考えることができます。
下人はなぜ老婆から着物を奪うのか
下人は老婆の説明を聞くうち、悪をすることへのためらいを変えていきます。そして老婆が自分の行為を認めるために使った論理を、今度は自分が老婆に向けて使い、着物を奪って去ります。ここには「相手の理屈を理解した」というだけではなく、自分の行為を正当化する道具として相手の理屈を利用したという反転があります。
「下人は最初から生まれつき悪人だった」と結論づける必要はありません。一方、「追い詰められたから、誰も責められない」と決めてしまうのも、相手から物を奪われる老婆の側を消してしまいます。誰の立場から、どの事実を見るかによって評価が揺れることが、この短編の緊張です。
結末の改稿――1915年・1917年・1918年
現在広く読まれる末尾は、下人がその後どこへ行ったか不明であることを示します。しかし国立国会図書館レファレンス協同データベースの調査と春陽堂書店の文学史解説によると、1915年の雑誌初出では、下人が強盗のため京都の町へ急いで向かうという終わり方でした。
1917年の短編集『羅生門』に収めた際には、その行動の方向を保ったまま語句が改められ、1918年の短編集『鼻』所収時に、現在よく知られる結びへ変えられたと説明されています。今回、雑誌初出の現物と各初版本を横並びにして直接校合したわけではないため、改稿の細部と時期は図書館・出版社の調査に基づく情報として扱います。
二つの結末が読者の判断をどう変えるか
初出の結末では、下人が盗みに向かうという行動が明示されます。後の結末では、その後の行方を語り手が確定しません。下人が着物を奪ったという出来事は消えないものの、そこから先の将来について読者が考える余地が異なります。
ここから「芥川は改稿によって盗みを容認するようになった」「反対に盗みを否定するようになった」と即断することはできません。改稿の理由については複数の解釈があります。既存の『羅生門』出典・結末記事と日本文学研究の解説を読み比べると、本文の確かな差と、そこから導く解釈を分けられます。
「羅生門」と「羅城門」――表記と説話の位置
芥川の作品名は『羅生門』ですが、題材となった古典の説話には「羅城門」という字が見られます。現代の文字表記だけを基準に、片方を機械的に誤字として直さないでください。書名・話名・時代ごとの慣用的な表記は区別されます。
原典の盗人と近代小説の下人との違いだけでなく、このような書誌上の名前の違いも、読者が一次資料へ戻るときに役立ちます。古典を出典として示す場合、漢字を現代的に統一するより、実際の資料にある篇・話の名称を併記するのが適切です。
『鼻』『蜘蛛の糸』『杜子春』と比較して読む
芥川の作品には、人の評価や欲望が本人の選択を変える物語が繰り返し現れます。『鼻』の結末を読むでは、人が他人の不幸や幸福をどう見るかが問われ、『蜘蛛の糸』の解説では、自分だけ助かろうとする願いが物語を動かします。
『杜子春』の中国原典との比較も、古典の素材を使いながら芥川が何を変えたかを考える助けです。ただし、これらがすべて同じ教訓を説明するというわけではありません。各作品の話者、結末、時代の違いを残して比較することで、作者の創作の幅を理解できます。
底本と関連ページ――本文を選んで読む
本文へ戻るには青空文庫の新字新仮名版の書誌と旧字旧仮名版の書誌を参照してください。初出は1915年11月ですが、青空文庫の両テキストはそれぞれ指定された別の底本に基づきます。版の違いを調べるには図書館の改稿調査も有用です。
短編そのものを読んだ後は下人と老婆、改稿末尾を掘り下げた記事、作者のほかの作品は芥川龍之介の人物ガイド、警句の原典へ進むなら『侏儒の言葉』の作品ガイドへ。作品索引と人物索引にも戻れます。