『侏儒の言葉』は、芥川龍之介が短い警句や断章を積み重ねた作品です。道徳、恋愛、幸福、自由、芸術、社会、創作など、さまざまな主題を数行から数段落で切り取ります。
短い文章が多いため、後世には「芥川龍之介の名言」として一文だけが独立して広く読まれてきました。しかし作品全体へ戻ると、芥川自身が他者の言葉を引用している箇所や、互いに緊張する警句もあります。このページでは、短い言葉を作品の中へ戻して読みます。
『文藝春秋』に連載された警句群
青空文庫の作品データによれば、『侏儒の言葉』は『文藝春秋』に1923年1月から1925年11月まで掲載されました。後の刊行形態では遺稿を含む版もあり、本文の範囲には版による違いがあります。
作品冒頭の序文で芥川は、『侏儒の言葉』を自分の思想そのものではなく、思想の変化を時々のぞかせるものとして説明しています。この自己説明は、作品を読むうえで重要です。
固定した「人生哲学」ではなく、変化する観察
警句は短く断定的なので、一つずつ読むと「芥川はこう考えていた」と言いたくなります。しかし序文の位置づけに従えば、それぞれを絶対的な教訓として固定するより、ある瞬間の観察や思考の断片として読む方が自然です。
だからこそ、作品の中には人間への冷笑、自己への皮肉、幸福への逆説、創作への情熱などが同居します。
自由――山巓の空気に似ている
「自由は山巓の空気に似ている」は、「自由」の項に確認できる一節です。自由を単なる解放ではなく、それに耐える力を必要とするものとして描きます。
幸福――幸福を問題にしないとき
「幸福とは幸福を問題にしない時をいう」は、幸福を意識的に測ろうとすることそのものへ疑問を向ける警句です。
道徳・社会――古着と懺悔
「道徳は常に古着である」、「古人は神の前に懺悔した。今人は社会の前に懺悔している」では、個人を取り巻く規範や社会の視線が短い言葉で切り取られます。
恋愛――理性より多忙
「われわれを恋愛から救うものは、理性よりもむしろ多忙である」は、人が感情を理屈だけで処理できるという考えを、皮肉にずらした一文です。
創作――情熱と冒険
「文を作るのに欠くべからざるものは、何よりも創作的情熱である」、「創作は常に冒険である」など、作家自身の仕事に近い警句もあります。
人間への皮肉と自己観察
「他を嘲るものは、同時にまた他に嘲られることを恐れる」、「人間的な、余りに人間的なものは大抵動物的である」、「天才の一面は醜聞を起し得る才能である」など、人間の自己像を崩す警句も多くあります。
「芥川の言葉」ではなく、引用された言葉もある
「運命は性格の中にある」は、『侏儒の言葉』に現れるものの、芥川自身の造語として単純に扱えない例です。作品中にあることと、作者が最初に作った言葉であることは同じではありません。
「時には嘘によるほかは語られぬ真実もある」なども含め、一文ごとに作品内の位置や周辺の文章へ戻ることで、単なる名言集とは違う読み方ができます。
人物から読む
『侏儒の言葉』だけでなく、『羅生門』『鼻』『芋粥』『河童』などを含めた芥川龍之介の生涯と作品は、芥川龍之介人物ページで整理しています。
原典・参考資料
本文と初出情報は青空文庫「図書カード:侏儒の言葉」および青空文庫本文を参照しています。