はじめに
「天才の一面は明らかに醜聞を起し得る才能である」。この言葉は芥川龍之介『侏儒の言葉』の「醜聞」という項目に確認できます。
一文だけなら、「天才は常識を破るものだ」という天才賛美にも見えます。しかし直前で芥川が見ているのは、天才よりむしろ醜聞を喜ぶ公衆です。
公衆はなぜ名士のスキャンダルを好むのか
「醜聞」の章では、白蓮事件、有島事件、武者小路事件などを挙げ、世間が有名人の醜聞に強い満足を感じる理由を考えます。
芥川は、他人の醜聞を見ることで自分の弱さを弁解し、優越感まで作り出す公衆の心理を皮肉ります。
その後に「天才の一面は…」という一文が置かれます。
「スキャンダルを起こせば天才」ではない
当然ながら、この言葉を「問題を起こすほど才能がある」と読むべきではありません。
世間に名を知られ、既存の規範からはみ出すほど強い個性を持つ人物は、醜聞の対象にもなりやすい。その一方、醜聞を消費する側もまた、自分を安全地帯へ置きながら他人を裁きます。
警句は天才だけでなく、天才を眺める大衆の心理まで含めて刺していると読む方が文脈に近いです。
まとめ
この一文は『侏儒の言葉』に実在します。
ただし「天才ならスキャンダルを恐れるな」という励ましではありません。名士の醜聞を愛し、そこから自己弁護と優越感を得る公衆を描いた章の中に置かれています。
出典メモ:芥川龍之介『侏儒の言葉』「醜聞」。青空文庫公開本文で確認。