SNS運用における「人格」の設計論:企業ブランドと個人の熱量を統合するB2Bマーケティングの境界線

マーケティング

孤独な「中の人」が陥る、アイデンティティの迷走

企業の看板を背負いながら、SNSという「個」の力が支配する空間でどう振る舞うべきか。多くのひとりマーケターが、この矛盾する命題の前で立ち尽くしています。

「もっと人間味を出さないとフォロワーが増えない」という世間の風潮と、「企業として不適切な発言は許されない」というコンプライアンスの重圧。この板挟みの中で、ひとりマーケターは疲弊していきます。公式リリースの転送ボットになれば反応は皆無、かといって個人のランチや日常を投稿すれば「公私混同」と後ろ指を指されかねない。この迷走の根本原因は、文章力の欠如でもネタ不足でもなく、「ブランド・アイデンティティとコミュニケーションチャネルの戦略的不一致」にあります。

私たちはここで、小手先の「バズる投稿テクニック」ではなく、企業活動として持続可能、かつブランド資産を積み上げるための「人格設計の構造」を解き明かしていきます。

「中の人」は誰のために存在するのか? メディアの役割とブランド資産

SNSアカウントを単なる「告知板」や「担当者の承認欲求を満たす場」として捉えてはいけません。それは顧客との信頼関係を構築する、極めて重要な「顧客接点(タッチポイント)」です。

B2Bマーケティングにおいて、購買プロセスは長期的かつ論理的です。しかし、最終的な意思決定のトリガーには、常に「信頼」という感情的要素が含まれます。「この会社は信頼に足るか」「このサービスを提供している人たちは、業界をどう変えようとしているのか」。SNSの「中の人」の役割は、無機質な法人格(Legal Entity)に、顧客が共感可能な「人格(Persona)」というインターフェースを提供することにあります。

【よくある失敗パターン:手段の目的化による「エゴ・トラップ」】

「親近感」を履き違え、企業の文脈とは無関係な「今日のランチ」や「個人的な趣味」を連投してしまうケースです。一時的にインプレッションや「いいね」は増えるかもしれません。しかし、それは企業への信頼ではなく、担当者個人への「なんとなくの好意」に過ぎません。担当者が退職すればその資産は消滅し、最悪の場合、ブランドの専門性を毀損します。目的は「人気者になること」ではなく、「ブランドの信頼残高を増やすこと」です。

企業人格と個人人格の「融合比率」を決める3つの変数

「どこまで個を出していいのか」という問いに、万人に共通する唯一の正解はありません。しかし、適切な「境界線」を引くためのフレームワークは存在します。

以下の3つの変数を考慮し、自社のアカウントが位置すべき「座標」を定めてください。

1. 業界の信頼性要件(Gravity)

金融、医療、セキュリティなど、ミスが許されない業界では、人格の「遊び」はリスクになります。逆に、クリエイティブツールやスタートアップSaaSであれば、革新性や親しみやすさが武器になるため、個人の熱量を前面に出すことが正解となります。

2. アカウントのKGI/KPI(Purpose)

目的が「リード獲得(CV)」なのか、「採用ブランディング・認知拡大(Engagement)」なのかで振る舞いは変わります。直接的なリードを狙うなら専門家としての振る舞い(=企業人格強め)が求められ、採用やファン作りなら社内の雰囲気を伝える人間味(=個人人格強め)が必要です。

3. 持続可能な運用体制(Sustainability)

あなた個人のキャラクターに依存しすぎると、あなたが休んだり異動したりした瞬間に運用が破綻します。属人性をどこまで許容するかは、組織のリスク管理として決定すべき事項です。

推奨フレームワーク:ペルソナ・スペクトラム

• 公式アナウンサー型(企業10:個人0): 事実情報のみ。信頼性は高いが拡散力は低い。

• キュレーター/専門家型(企業7:個人3): 業界ニュースへの見解や、知見のシェア。主語は「私」だが、トピックは常に「業界・業務」。※B2Bひとりマーケターに最も推奨される型。

• エバンジェリスト型(企業3:個人7): 強い思想やビジョンを語る。カリスマ性が必要だが、アンチも生みやすい。

再現性を担保する「運用ガイドライン」とリスクマネジメント

精神論で「誠実に」と唱えるだけでは、炎上リスクや担当者の心理的負担は防げません。自由な発信を担保するためにこそ、強固な「ガードレール」が必要です。

「何を投稿するか」よりも、「何を投稿しないか(Not To Do)」を明確に定義することが重要です。これを定義することで、マーケターは「NGラインさえ踏まなければ自由」という心理的安全性を得ることができます。

• 政治・宗教・ジェンダー・スポーツチームに関する私見の禁止

• 他社(競合含む)への批判的言及の禁止

• 未確定な社内情報の漏洩防止基準

また、現代においてはAI(LLM)を「検閲官」として活用することも有効です。投稿作成をAIに丸投げすると「魂」が抜けた文章になりますが、「この投稿案が、自社のブランドガイドラインに抵触していないかチェックして」という使い方は、ひとりマーケターの孤独なダブルチェックを支える強力な武器になります。

【よくある失敗パターン:無自覚な「思想の表出」】

社会的なニュースに対し、良かれと思って「個人の正義感」でコメントし、それが企業の公式見解と誤認されて炎上するケースです。SNSにおいては、プロフィールに「発言は個人の見解です」と書いても免罪符にはなりません。企業アカウントのアイコンを背負っている以上、あなたは常に「ブランドの代弁者」として見られています。

「個」を消すのではなく、企業の文脈に「憑依」させる技術

最終的に目指すべきは、企業の人格と個人の人格を無理に分離することでも、無防備に融合させることでもありません。プロフェッショナルとしての「憑依」です。

「個を出す」とは、あなたのプライベートを切り売りすることではありません。「あなたの持つ情熱、専門知識、思考の癖」のうち、「企業のミッションと合致する部分」だけを抽出・増幅して表現することです。

例えば、あなたが自社製品を愛しているなら、その「愛」は個人の感情ですが、それを語ることは企業の利益になります。あなたが業界の非効率に怒りを感じているなら、その「怒り」は個人の感情ですが、それを解決策として提示すればブランドのメッセージになります。

線を引くべきは「公と私」ではなく、「ブランドのビジョンに寄与する感情か、そうでないか」です。このフィルターを通すことで、投稿には人間らしい「体温」が宿りつつ、ビジネスとしての「一貫性」が保たれます。

まとめ:SNSは「企業と顧客の対話」を媒介する高度な知的生産活動である

SNS運用は、片手間の作業ではありません。それは、市場に対して「自社は何者で、何を大切にしているのか」を問い続ける、高度なブランディング活動です。

中の人としてのキャラクター設定に迷ったときは、立ち止まって自社の「Why(なぜ我々は存在するのか)」に立ち返ってください。そのWhyを語るのに最も相応しい口調、態度、振る舞いはどのようなものでしょうか。その答えこそが、あなたが演じるべき「ペルソナ」です。

企業の人格という「仮面」を被ることを、嘘をつくことだと感じないでください。その仮面を通してでしか届かない言葉があり、築けない信頼があります。あなたの知性と情熱を、その仮面に注ぎ込んでください。そうして築かれた信頼関係こそが、ひとりマーケターが企業に残せる最大の資産となるはずです。

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました