はじめに
「沈黙は愚者たちの美徳である」。フランシス・ベーコンの刺激的な名言として紹介される言葉です。
この文言自体はベーコンの著作に確認できます。しかし、これを「ベーコンは沈黙を愚かだと考えた」という本人の最終結論として読むと、原典の仕掛けを見落とします。
出典は賛否の論拠を並べる「対論」
この言葉は、ベーコンが一つのテーマについて相反する論拠を並べた Antitheta Rerum の「多弁」をめぐる部分に置かれています。
「沈黙は愚者の美徳」は、話すことを支持する側の論拠です。ところが反対側には、少なく話すことは言葉に威厳を与える、沈黙は知恵を回復する、といった沈黙を支持する文章も並びます。
一行を本人の信条にすると構造が消える
ベーコンはここで、読者に一つの正解を格言として渡しているのではありません。同じテーマを両側から論じるための材料を提示しています。
その一方だけを切り出して「ベーコン曰く、黙る人間は愚か」としてしまうと、まさに原典の構造と逆の読み方になります。
まとめ
「沈黙は愚者の美徳」はベーコンの著作に存在します。しかし、それは沈黙についての単純な最終判断ではありません。
真正な引用でも、議論の中でどんな役割を与えられた文章かを失えば、作者の思想そのものを取り違える。この言葉はその好例です。