はじめに
「慈悲にはしすぎるということがない」。これはフランシス・ベーコン『随筆集』「善と性善について」に対応する真正な言葉です。
原文では charity、すなわちキリスト教的な愛・慈愛について「過剰はない」と語られます。ただし、何でも無制限に与えればよいという単純な善人論ではありません。
権力と知識には過剰がある
ベーコンは、権力への過剰な欲望は天使を堕落させ、知識への過剰な欲望は人間を堕落させたという宗教的な対比を置きます。それに対し、慈愛については過剰がないと述べます。
ここで慈愛は、単なる優しさではなく、人間の幸福を願う「goodness」の中心に置かれています。
「善意なら何をしてもよい」ではない
同じ文章には、善には「excess」ではなく「error」、つまりやり方の誤りはありうるという重要な含みがあります。
善を願う気持ちが大きすぎることより、その善意をどのように実行するかを誤ることが問題になる。目的と方法を区別する視点です。
まとめ
「慈愛には過剰がない」は真正なベーコンの言葉です。
力や知識への欲望には人を逸脱させる危険がある一方、他者の幸福を願う慈愛そのものには過剰がない。宗教的な人間観の中で書かれた一節として読む必要があります。