岩波茂雄「困難が来るたびに元気になる」|震災と出版統制に直面した出版人

「困難が来るたびに元気になる」は本当に岩波の言葉か

「困難が来るたびにぼくは元気になるよ」。岩波茂雄の名言として知られる一節は、逆境を喜べる人間こそ成功すると語りかけるように聞こえる。しかし、この短い文の初出となる手紙、談話、著作の頁や発言時期は、今回の調査では確認できなかった。言葉が流通していることと本人の逐語発言であることは異なる。

2022年の研究者による人物紹介には同じ言葉が見出しとして掲げられており、岩波書店の創業や友人による回想が紹介される。だが、見出しの短文がどの伝記や原稿から引かれたかは明示されていない。人物の実際の生涯を、この言葉が発せられた瞬間の証拠にしてはならない。

旧記事は岩波が困難に遭遇するたび心から喜び、その姿勢が成功を呼んだと断定していた。しかし心の中の様子は本人の記録がなければ判断できない。困難を経験した事実と、そのとき本人が何を感じたかという推測を切り離して読むことから始めたい。

1913年の転職と、未知の仕事への挑戦

国立国会図書館による人物紹介では、岩波は東京帝国大学の哲学科選科を修了し、学校で教えた後、1913年にその職を離れて神田で古書店を開業した。安定した仕事から一転して、自分で仕入れと販売の責任を負う仕事へ移ったという大きな転機だった。

当時は古本の売買で値を交渉することが一般的だったが、岩波は価格を明示する正価販売を選んだ。小学館の『サライ』が紹介する創業の資料によると、取引で客に不利益を与えないという姿勢が店の方針の土台にあった。業界のやり方に疑問を持つなら、自分の店で別の方法を試さなければならなかった。

もちろん、周りと違う方法を選んだから必ずうまくいったわけではない。商売は顧客や商品の状況にも左右される。翌1914年に漱石の『こゝろ』を刊行して出版へ進んだことも、著者との関係や本を作るための協力があってこそ実現した。勇気だけでなく、機会と協力者が重要だったことを押さえておきたい。

関東大震災の被害を受けて、出版を続けた

1923年の関東大震災は、東京の出版や書店の仕事に大きな被害をもたらした。2017年刊の『岩波茂雄文集』第1巻の紹介でも、岩波が震災で損害を受け、経営上の苦境に直面したことが記されている。出版社が成長した歴史には、被災によって事業の存続が問われた時期もあった。

その後1927年、岩波は文庫創刊に際して『読書子に寄す』を書き、手に取りやすい価格と一冊ずつ選べる販売方法で古典を広めたいと説明した。同時に、その計画には経済上の困難が多いことを認め、読者の協力を求めている。困難が必ず楽しいという発言より、困難があると分かったうえで計画を具体化した文書の方が、歴史の説明として確かだ。

被災や資金の問題を「成長する絶好のチャンス」とだけ呼ぶと、失われたものや支えた人の苦労が見えなくなる。歴史上の苦難は本人や周囲に負担をもたらした出来事でもあり、そこから何を学んだかは資料に基づいて慎重に判断する必要がある。

1940年、歴史研究書の刊行をめぐる事件

岩波書店の事業は景気や災害だけでなく、思想や出版への統制という困難にも直面した。1940年、歴史学者・津田左右吉の研究書が発売禁止となり、著者と発行者の岩波茂雄が出版法違反で起訴された。この事件は、ある本を刊行したことが著者と出版者の法的な問題となった歴史的な出来事だ。

渋沢社史データベースに公開された『岩波書店八十年』の年表は、1940年1月の出版状況の報告要求から3月の起訴までの動きを日付付きで記録している。国立国会図書館には1941年の予審終結決定書の書誌も残り、1944年には免訴となった。曖昧な「大変なことがあった」という美談ではなく、文献で具体的に追える事件である。

ただし、岩波がこの事件を喜んだと考える証拠はない。思想や研究書を出版する事業には、ときに重大な社会的制約がかかる。このような出来事を安易に精神力の訓練とみなさず、学問と出版の自由を守る条件についても考える必要がある。

逆境を美化せず、行動の記録に学ぶ

岩波の歴史には、教職からの転身、震災による被害、出版への統制という性質の異なる問題があった。すべてが同じ対応で解決したわけではない。商売のルールを変えること、資金を工面すること、出版への規制に向き合うことは、別々の能力と協力を要する。

人物の年譜は国立国会図書館「岩波茂雄」、震災後の苦境はCiNii Books『岩波茂雄文集』の書誌紹介、1940年の事件の時系列は『岩波書店八十年』年表と国立国会図書館の事件資料書誌で確認できる。

名言の流通例は2022年の人物紹介で確認できるが、出典作品や頁は未特定である。関連記事の「道義と経済の一致」と「高く買い、安く売る」では、事業理念と取引の仕組みを別々に扱った。本稿では「困難を喜べ」という命令ではなく、どんな問題が起き、何を変えようとしたかという歴史の記録を残す。

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