上柿元勝「旬の食材でもてなす」|旬は「走り」と違うという料理哲学

はじめに

「旬の食材でもてなすこと」。フランス料理人・上柿元勝の考えとして紹介される短い言葉です。短いだけに、地元産の食材を使えばよいという単純な話に見えるかもしれません。しかし、本人が大切にしたのは、素材が実際においしくなる状態を見極めることでした。

2002年の『日本食糧新聞』のインタビューでは、上柿元本人が旬について詳しく語っています。特に印象的なのは、旬を季節の始まりに出回る食材と同一視していない点です。旬という言葉を、カレンダーに載った季節の名前だけでなく、素材の成熟や味わいから考えています。

ただし、元記事の「旬の食材でもてなすこと」という一文が、いつ、どの媒体で上柿元の言葉として初めて現れたかまでは確認できません。本人の同時代の発言で思想を確かめられることと、短い流通引用の完全一致とは別として、料理と食材への向き合い方を読み解きます。

2002年の本人取材に残る「旬」の考え

『日本食糧新聞』2002年1月21日「シェフと60分」で、上柿元は地元の海や畑で育った食材をどう生かすかについて話しています。特定の時期に出回るだけではなく、日光を浴び、素材本来の味が感じられるものを選ぶという考えです。

その説明では、形が整った野菜よりも、味の濃さや自然の状態を重視していることがわかります。まっすぐで美しい野菜だけが価値あるわけではないのです。見た目の規格と、おいしさは必ずしも一致しないという視点は、買い物をする人にも参考になります。

同じ取材で、地元の食材や旬のもの、海や土の香りを感じられるものを使うという話もしています。ここで確認できるのは上柿元本人の食材選びの方針であり、冒頭の短い文がそのまま記録されているということではありません。初出未特定の言葉に、確認できる具体的な本人の発言を接続するのがこの記事の目的です。

「走り」と旬は同じではない

店先に新しい季節の野菜が出始めると、つい「旬が来た」と考えてしまいます。しかし上柿元は、2002年の取材で、季節の「走り」をそのまま旬と考えていないことを明らかにしています。最初に出荷されたという珍しさと、食材が充実したおいしさを持つ時期は一致しない場合があるということです。

たとえば、まだ十分に育っていない野菜が早く市場に並ぶこともあれば、収穫が進んでから本来の味が強まる品種もあるでしょう。もちろんどの段階が好ましいかは料理によって異なります。旬を固定的な正解にせず、料理の目的に応じて選ぶ柔軟さが必要です。

同じ食材でも産地や栽培方法、天候が違えば、生育や収穫の時期は変わります。カレンダーに書かれた月だけで「旬」を決めるのではなく、店や生産者の話を聞いて、素材の状態を確かめることに意味があります。日付よりも目の前の食材をよく見ることが、上柿元の説明から学べる点です。

地元の食材と生産者への関心

農林水産省「第8回 料理マスターズ(平成29年度)ブロンズ賞受賞者」は、上柿元が鹿児島の食材を使ったイベントや食育活動を続け、地域の生産者と新しい食材の発掘・ブランド化に取り組んだことを紹介しています。食材の魅力を料理人だけで完結させず、生産者と協働して広げた実績が確認できます。

FM福岡「匠の蔵」の2015年の取材では、上柿元が師であるアラン・シャペルから地産地消の大切さを学んだと語っています。フランス料理の技法を使いながら、材料は日本や九州の地元から選ぶという方向へ歩みを進めた理由が見えます。

ただし、地元で作られた食材がすべて環境にやさしい、遠くから運んだ食材がすべて劣る、と決めつけるのも違います。栽培・流通の条件によって環境負荷は変わりますし、調理方法によって必要な食材も異なります。地元の魅力を知ることと、単純な優劣をつけることは別です。

食材に感謝することと、料理の技術

上柿元は2002年の本人インタビューで、自然から得た食材を人が食べる以上、素材に失礼のないように調理したいと語っています。おいしさを追う技術と、素材の来歴を理解する態度を同じ仕事の中に置いているのが特徴です。

たとえば同取材では、長崎近海で水揚げされるマトウダイを使った料理も紹介されています。地元ではあまり知られていなかった魚の料理法を工夫することで、素材の新たな魅力を伝えられるわけです。特別な輸入食材でなければ上質な料理にならない、という発想とは異なります。

素材を尊重することは、むやみに手を加えないという意味だけではありません。煮る、焼く、香りを組み合わせるなど、調理技術によって食材が持つ特徴を生かす余地があります。料理人の技術は、素材を隠すためではなく、その魅力を伝えるためにも使えるのです。

「もてなし」の中心には食べる人がいる

旬の食材を用意することには、食べる人へその土地や季節の魅力を届ける楽しさがあります。春にしか出合えない風味を味わうことも、旅行先で初めて地元の魚を知ることも、料理がくれる経験です。食事を単なる栄養摂取だけではなく、人と土地が出会う場と捉えることができます。

ただし「季節のものだから食べるべきだ」と押しつけるのは、もてなしとは違うでしょう。味の好みやアレルギー、食事上の制限は人によって異なります。提供する側のこだわりだけでなく、食べる側の事情を確かめることも欠かせません。

上柿元の仕事を紹介する資料には、料理のほかにも、食育活動や生産者との取り組みが出てきます。つまり、おいしい一皿を提供することと、次の世代へ食の知識を伝えることを別々の仕事にしていません。誰が食材を育て、どのように料理が生まれるかを知ることも食体験の一部なのです。

家庭で季節の食材を楽しむ

家庭で実践するなら、まず買い物のときにその時期の食材を一つ選んでみるのもよいでしょう。名前を知っている野菜でも、品種や産地、収穫時期によって味が違うことがあります。見慣れた食材の違いに目を向けるだけでも、食事の楽しみは広がります。

いつも同じ調理法で食べているなら、料理本や生産者の紹介を参考にして別の方法を試すこともできます。苦味を生かすか、甘さを引き出すかによって扱い方が変わるでしょう。素材に合わせて方法を考えることこそ、料理の面白さの一つです。

一方で、季節のものを買えない日や、簡単な食事で済ませたい日もあります。特別な料理を作れないからといって、食べることの価値が下がるわけではありません。暮らしの余裕に合わせ、無理なく季節を味わう。それも食への敬意の持ち方だと思います。

まとめ

「旬の食材でもてなすこと」という短い流通句の逐字的な初出は、今回確認できませんでした。しかし、上柿元勝本人が地元と旬の食材の使い方を2002年に詳しく語っていたことは、当時のインタビューから確認できます。

その発言が示しているのは、季節の始まりに出回る珍しさだけを追うのではなく、素材の状態や味を見て選ぶ姿勢です。さらに農林水産省の記録からは、生産者との協働や地域の食の発信にも取り組んだことがわかります。おいしさと生産地への関心をつなぐ料理が、上柿元の仕事の特徴でした。

食材を知り、状態を見極め、食べる人へ届ける。その一連の過程には、技術だけでなく相手や地域への想像力が必要です。「旬」を季節の記号ではなく、食材に向き合う姿勢として考えると、この短い言葉の意味が広がります。

出典と確認範囲

日本食糧新聞「シェフと60分:上柿元勝氏」(2002年1月21日):旬は単なる走りではないという本人の発言、地元食材と調理の思想を確認。農林水産省「料理マスターズ」2017年度受賞者紹介:地元食材の普及、生産者との協働、食育活動を確認。

FM福岡「匠の蔵」上柿元勝取材(2015年):アラン・シャペルからの影響と、地元食材を使う考えを本人の発言から確認。短い流通句「旬の食材でもてなすこと」の正確な原掲載位置は未特定であるため、本文では確認済みの発言と分けて説明しています。関連記事として「食材に失礼のないように使う」も参照してください。

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