「ファッションは、服を身につける人との関わりの中で意味が生まれる」。川久保玲の言葉として流通する文章には、このような趣旨があります。元の日本語はやや不自然で、「ファッションが生まれた意味との対話」など、何を指しているか分かりにくい表現も含まれていました。そこで今回は、英語で流通する本人の発言と2011年の取材を手掛かりに、内容を誤解の少ない日本語で説明します。
2011年の『ウォール・ストリート・ジャーナル』と発言の伝播
『ウォール・ストリート・ジャーナル』2011年の川久保玲インタビューは、本人がファッションを通じて既存の価値観へ挑戦してきた経緯を取り上げています。この取材は、日本の建築・デザイン情報サイトでも2011年8月31日に紹介されました。
今回の発言の英語表現は、ビクトリア国立美術館のコレクション解説でも川久保の言葉として引用されています。2011年8月25日のWSJ取材に由来するとする研究上の引用もあります。ただしWSJの公開ページから読めたのは記事前半で、発言の全文が掲載された位置まで直接開くことはできませんでした。
元の英語が語るのは「身につけること」と「関係」
Fashion is something you attach to yourself, put on.
流通する英語の発言では、ファッションは自分の身につけるものであり、その人と服の相互作用から意味が生まれると続きます。服単体だけで完成する意味ではなく、誰かが着ることと切り離せないという考えです。
旧記事は「ファッションが生まれた意味との対話」と書いていましたが、英語の重要な語は「interaction(相互作用)」であり、「ファッションが作られた時の意味と対話する」という意味へ限定する必要はありません。翻訳が与えた含意と、英語の文章で確認できる趣旨を分けておきます。
「芸術とは違う」と語った理由
英語で広く紹介されている長い表現には、着用されなければファッションとしての意味を持たないという主張に続き、芸術作品とは異なるという対比があります。
ただし、これは「あらゆるファッションは芸術でない」などと一言で断じるための議論ではありません。川久保は、ファッションが実際に身につけられ、生活の現在の瞬間に結びつくことを強調していると考えられます。
2009年の『Interview Magazine』の本人取材でも、ファッションと芸術は目標が異なり、無理に比較する必要はないという趣旨を述べています。これは今回の2011年の発言そのものの証拠ではありませんが、本人の関連する考えを確認する別資料です。
着る人によって服の意味はどう変わるか
同じ服を異なる人が着れば、組み合わせ、動き、表情、場所などによって異なる印象になることがあります。服が身につける人とともに意味を持つという考えは、こうした日々の経験にも結びつきます。
一方、着る人の解釈だけですべてが決まるわけではありません。素材、形、機能、作り手の意図も残ります。服にはデザイナーの創造と、着用する人の選択の両方が関わっていると考える方がよいでしょう。
「今、着たい」という時間の側面
長い英語の引用では、ファッションは今まさに買いたい、着たいという欲求とつながっているとも語られます。「今」との関係は、作品が長く保存されることのある美術とは違った、着る行為の特徴として考えることができます。
ただし、古い服を大切に着続けることや、伝統的な服装に意味がないという話ではありません。「今、着たい」という感覚は、新品を買うことだけではなく、過去に手に入れた服を今日選んで着ることにも関わります。
2012年の朝日新聞インタビューとの違い
当サイトには「本人の中身が新しければ服も新しく見える」という記事もあります。こちらは2012年1月の朝日新聞の別のインタビューです。身につける人がファッションの意味を作るという主題は重なりますが、2011年WSJと2012年朝日新聞を一つの取材にまとめることはできません。
二つの記事を読むことで、川久保が服の制作だけでなく、着用する人の存在についても繰り返し考えていたことがうかがえます。ただし、各発言の訳語の違いがあるため、逐語的に同じ文章だったと説明すべきではありません。
身近なファッションへ応用するなら
服を選ぶとき、誰かに褒められそうかだけでなく、実際にどの場所でどう着たいかを考える。服の形や素材だけではなく、身につけたときの動きや気持ちも確かめる。そうした経験を通じて、自分にとっての服の意味が少しずつ定まることがあります。
この実践例は当サイトによる現代的な応用であり、川久保が今回の発言で具体的な買い物の手順を説明したわけではありません。
出典と確認範囲
出典状態:英語の発言と2011年の本人取材の存在を確認/日本語の流通文言には意訳・翻訳差あり。WSJの公開記事本文は前半のみ確認でき、引用の全体を原紙面で逐語校合していません。一方、ビクトリア国立美術館は英語の核となる表現を川久保の言葉として引用しています。元の日本語は、その英語から直訳・再訳された可能性を含むため、逐語的な本人発言として扱いません。
資料:WSJ「Rei Kawakubo」(2011年) / ビクトリア国立美術館・作品解説 / Interview Magazine・2009年の別取材。関連:2012年「本人の中身が新しければ」 / 「Tシャツ姿にも個性」。
