4,000本以上の記事を書いて、ようやく「書かないこと」の価値が分かった

2022年、ブログを書き始めた頃の私は、「30記事書いた」「50記事書いた」「1か月で60記事書いた」と、記事数そのものを成果のように数えていました。

それから時間が経ち、このサイトには4,000本を超える記事が積み上がりました。ここまで来ると、さすがに分かります。たくさん書くことと、価値のあるものを残すことは同じではありません。

今、過去の記事を一つずつ見直しています。残すもの、書き直すもの、複数の記事を一つにまとめるもの、公開をやめるもの。自分で積み上げた山を、自分でもう一度編集しています。

最初は、とにかく数を書きたかった

ブログを始めたばかりの頃は、記事を公開するだけで嬉しいものでした。WordPressの使い方を覚え、Googleにインデックスされ、初めてアクセスが発生する。数字が一つ増えるたびに、インターネット上に自分の場所ができていく感覚がありました。

だから書きました。ネタを探し、形式をつくり、更新を続けました。「継続は力」という言葉を、そのまま信じていたところもあります。

実際、量を書いたから得られたものもあります。文章を書くことへの抵抗がなくなり、WordPressやSEOを学び、自分の関心がどこへ向かうのかも見えるようになりました。何より、「作って公開する」という行為が日常になりました。

量を積み上げると、量の限界も見えてくる

一方で、記事数を増やすこと自体が目的になると問題も起きます。

似た記事が増える。自分でなくても書ける一般論が増える。タイトルだけ違って、中身はほとんど同じ記事も生まれる。公開した瞬間には達成感があっても、数年後に読み返して「なぜこれを書いたのだろう」と思うものもあります。

4,000本という数字は、誇れる実績であると同時に、編集しなければ巨大なノイズにもなります。

それでも、4,000本書いたことを後悔していない

では、最初から少数精鋭で書けばよかったのか。今の私は、そうとも思いません。

大量に書いたから、自分が何に興味を持つ人間なのかが見えてきました。名言や思想、仕事やキャリア、マーケティング。バラバラに見えたテーマの中から、長く考え続けたいものが残りました。

弱い記事の中にも、当時の自分にしか書けなかった一文や経験が埋まっています。記事全体は残せなくても、その断片を拾い、今の視点で書き直すことができます。

量は、そのままでは資産にならない。でも、編集すれば資産になる可能性がある。今はそう考えています。

「書く」から「編集する」へ

以前の私は、新しい記事を追加することばかり考えていました。今は逆です。何を残さないかを考える時間が増えました。

似た内容なら一つにまとめる。根拠の弱い一般論なら公開をやめる。一次体験が埋まっていれば、そこを中心に書き直す。昔の肩書きや価値観に依存している文章は、現在の視点から問い直す。

これはブログだけの話ではないのかもしれません。人生も仕事も、足していくだけでは形になりません。何を残し、何を手放し、どう意味づけ直すかという編集が必要になります。

AI時代だからこそ、量の意味はさらに変わる

今は、文章そのものを大量につくることの難易度が大きく下がりました。だから「何本書いたか」だけでは、以前ほど意味を持ちません。

これから価値が出るのは、何を経験したのか、何を選んだのか、どこまで調べたのか、そして大量の情報から何を残すと判断したのか。生成する能力だけでなく、編集する能力です。

皮肉ですが、4,000本以上を書いたあとで、ようやく「書かないこと」「残さないこと」の価値が分かってきました。

このサイトを、蓄積から資産へ変えていく

「都会の喧騒から」は、長い間、とにかく記事を積み上げる場所でした。これからは違います。

名言や思想を丁寧に確かめる。仕事やキャリアの経験を、現在の視点で語り直す。マーケティングについて、実務で使える知識を整理する。そして、そこから本やサービス、新しいプロダクトへつながる知的な土台をつくる。

4,000本は完成品ではありません。素材です。

大量に作った過去を否定するのではなく、そこから残す価値のあるものを選び直す。このサイトの次の段階は、そこから始まります。

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