小説の中に、心に残る一文が出てくることがあります。すると、その文章は作者の名前と一緒に「名言」として広まりやすくなります。
でも、作者が書いた文章と、作者本人が自分の考えとして語った言葉は同じではありません。小説では、登場人物が間違ったことを言うことも、迷うことも、皮肉を言うこともあります。
この記事では、小説の「名言」を読むときに、まず何を確認すればいいのかを5つに分けます。
1. まず「誰が話しているか」を見る
いちばん大切なのは話者です。
たとえば、ゲーテ『ファウスト』の「人間は努力するかぎり、迷うものだ」は、ゲーテ本人が読者へ語った文章ではありません。劇中の「主(Der Herr)」の台詞です。
作者名だけで紹介すると、作品の中で誰が、誰に向けて話したのかが消えてしまいます。
2. 主人公の考えも、作者の最終回答とは限らない
主人公の言葉なら作者の考えに近い、とも限りません。
ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』の「真理を見る必要のない人々にとって人生は気楽だ」は、主人公クリストフの内面として現れます。
その場面で主人公が何を感じているかと、作者が作品全体を通して何を描いているかは分けて考えます。
3. 同じ作品でも、登場人物どうしで考えはぶつかる
小説や戯曲では、異なる考えを持つ人物が同じ作品に登場します。
ドストエフスキー『悪霊』の「人は自分が幸福だと知らないから不幸」は、キリーロフという人物の思想の一部です。作品全体を「ドストエフスキーがこう教えた」とまとめると、人物どうしの対立が消えてしまいます。
作品は、一つの正解を説明する教科書とは限りません。複数の考えをぶつけるために、小説という形が使われることもあります。
4. 作中の手紙や引用は、さらに一段注意する
文章が作品の中にあるからといって、登場人物本人の本音とも限りません。
シェイクスピア『十二夜』の「生まれながらに偉大な者、偉大さを成し遂げる者…」は、作中の偽手紙に書かれた文章です。
作者 → 作品 → 作中人物 → 手紙の文章、と層が増えるほど、「誰の言葉か」を丁寧に見た方がよくなります。
5. 「作者の名言」と紹介するなら、作品名と話者も残す
短く紹介すること自体が悪いわけではありません。
ただ、「ゲーテの名言」とだけ書くより、「ゲーテ『ファウスト』で『主』が語る言葉」と書いた方が正確です。読者も、そこから作品へ戻れます。
このサイトでは、できるだけ次の順で確認しています。
- 作者は誰か
- 作品名は何か
- どの章・場面か
- 誰が話しているか
- 誰に向けた言葉か
- 前後で考えが変わっていないか
名言を作品へ戻すと、意味が増える
話者を確認する目的は、名言を細かく取り締まることではありません。
短い一文を作品へ戻すと、その人がなぜそう言ったのか、あとで考えを変えたのか、別の人物が反論したのかまで見えてきます。
言葉を正確にすると、意味が狭くなるのではなく、むしろ広がる。 それが、作品の台詞を話者まで確認する一番大きな理由です。
さらに調べる
名言全般の調べ方は名言の出典を調べる方法へ。作品そのものから読みたい場合は作品索引、人物から探す場合は人物索引へ進めます。
誤帰属・意訳・要検証を含む実例は出典から名言を探すにまとめています。