アイザック・ニュートンとは|学生ノート・フック宛書簡・『プリンキピア』で読む科学と真理

アイザック・ニュートン(1642/43–1727)は、数学・光学・運動・重力の研究で近代自然哲学を大きく発展させた学者です。1687年の『自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)』で知られます。人物像を名言から考える際には、学生の手稿、別の研究者への書簡、刊行された学術著作の違いを見分ける必要があります。

学生時代のノート――権威より真理

ケンブリッジ大学図書館所蔵の MS Add. 3996 には、「プラトンは友、アリストテレスは友、しかし真理はもっと友」というラテン語が記されています。Newton Projectが公開する手稿88r葉の転写から確認できます。これは古代以来の思想に連なる格言であり、ニュートンが初めて考案したとは限りません。

「プラトンもアリストテレスも友」の記事では、原文、手稿の位置づけ、伝統的な格言との関係を解説しています。

1676年のフック宛書簡――巨人の肩に乗る

1676年2月15日(グレゴリオ暦)に相当するロバート・フック宛書簡には、「巨人の肩に乗って遠くを見る」という比喩があります。フックとは光などをめぐる研究上の対立もあり、単純な感謝や謙遜だけを表す文章として断定できません。

同じ比喩は12世紀のジョン・オブ・ソールズベリー『メタロギコン』にも記録されます。「巨人の肩に乗る」では書簡と先行する思想を分けて読みます。

1713年の『プリンキピア』――仮説は一切禁止か

『プリンキピア』第二版の末尾に加えられた「一般注解」には “Hypotheses non fingo” という一節があります。これは重力の作用を説明できても、その根本原因を現象から導き出せていないことを述べる文脈です。根拠を得ないまま原因を知っているかのように主張しないという意味であり、「仮説を立てることすべてを禁じる」と単純化できません。

「私は仮説を用いない」の記事では、重力の原因、原文の直後、1687年初版と1713年第二版の違いを扱います。

同じニュートンでも、資料の距離は異なる

ニュートン名義の言葉を読むときは、学生時代の自筆手稿、研究者への書簡、刊行された著作、神学の草稿、署名入り献辞、後世の伝記に載る会話を区別する必要があります。前の5種類には本人の文章や筆跡が残るものがある一方、後世の伝記に紹介された発言は伝達経路と日時の確認が別に必要です。原典が残っていても、古くから伝わる思想を本人が最初に考えたとは限りません。

ニュートンは自然研究だけでなく神学にも多くの関心を寄せた人物です。『プリンキピア』一般注解にも神に関する議論があります。「現代的な科学主義だけを貫いた人物」とするより、17〜18世紀の歴史の中で捉える必要があります。

宗教的な草稿・署名入りの献辞・伝記の逸話

重要な誤帰属:「神の叡智は創造の業に現れる」としてニュートン名義で紹介される英文は、ジョン・レイによる1691年の著書『The Wisdom of God Manifested in the Works of the Creation』の題名に一致します。ニュートンにも神学的な著作はありますが、似た思想というだけで別人の書名を本人の発言として扱えません。

『黙示録』を読むための規則には、「真理は単純さの中にある」という言葉があります。聖書解釈のこじつけを避けるための規則であり、単に「シンプルに設計する」ことを意味しません。「神は数・重さ・尺度で万物を創造した」は1724年の署名入り献辞にも残っていますが、その思想は『知恵の書』11章20節までさかのぼります。

これに対して、「年がら年中、そのことばかりを考えていた」は、1833年刊の伝記が伝える逸話です。ニュートン自身の書簡や手稿とは証拠の性格が異なり、質問者や発言日時が未特定である点も含めて読みます。

原典・関連資料

Newton Project:学生ノート/Linda Hall Library:フック宛書簡の解説と手稿画像/Newton Project:1713年『プリンキピア』/Stanford Encyclopedia of Philosophy:中世の比喩。