はじめに
「敵を取り除くためには、敵を愛さなければならない」。この言葉はトルストイの日記に実際に確認できます。
ただし、出典をたどるともう一段面白いことが分かります。トルストイはこの考えを書いた直後に、初期キリスト教文書『十二使徒の教え(ディダケー)』にもそう書かれていると自ら付記しています。
つまり「トルストイの日記にある言葉」であることと、「トルストイが独自に生み出した思想」であることは同じではありません。
日記に残された「敵を愛する」という課題
トルストイの日記には、「敵を取り除くには、その敵を愛さなければならない」という趣旨の記述があります。
しかし文章はそこで終わりません。敵を愛するためには、敵への愛を一生の課題として自分に課し、愛によって相手に善を行い、その愛の中で自分自身を完成させなければならない、と続きます。
これは「嫌いな人にも優しくしましょう」という短い道徳標語より、はるかに厳しい要求です。
「敵を消す」のではなく「敵という関係を消す」
日本語の「敵を取り除く」は、相手そのものを排除するようにも読めます。しかし文脈では逆です。
暴力や報復で相手を消すのではなく、敵意に対して敵意で応答する関係そのものを変える。その方法として愛を置いています。
トルストイ晩年の思想では、敵への愛は単なる感情ではありません。害を加えず、善を行い、自分自身の憎悪を克服していく実践として扱われます。
トルストイだけの思想ではない
さらに重要なのが、トルストイ自身による出典への言及です。
彼は同じ日記の文章で、この考えは『十二使徒の教え』にもある、と書いています。加えて「敵を愛せ」という命題そのものは福音書にも深く根ざしています。
したがって、この言葉をトルストイの完全なオリジナル格言として扱うより、キリスト教の古い「敵への愛」を、トルストイが自分の生涯の倫理として引き受け直した記録と見る方が正確です。
まとめ
「敵を取り除くためには、敵を愛さなければならない」は、トルストイの日記に確認できる言葉です。
しかし彼自身が『十二使徒の教え』へのつながりを記しており、思想の起源までトルストイに帰すことはできません。
原典に戻ることで見えてくるのは、しゃれた逆説ではなく、敵への愛を一生かけて実践し、自分自身を変えていくという厳しい倫理です。「誰が最初に言ったか」だけでなく、「誰がどう受け継いだか」まで追うと、名言の歴史はより豊かになります。

