はじめに
「できることから始めるのではなく、正しいことから始めるのです」。ピーター・ドラッカーの言葉として日本で紹介される表現です。
しかし、1967年の『The Effective Executive(経営者の条件)』で確認できる原文は、少し違います。
One has to start out with what is right rather than what is acceptable … precisely because one always has to compromise in the end.
説明的に訳せば、「受け入れ可能な案からではなく、まず何が正しいかから始めなければならない。結局は妥協が必要になるからだ」という趣旨です。
「できること」と「acceptable」は同じではない
日本語の「できることから始めるな」は、実行可能性や能力の話に見えます。しかし原文の acceptable は、「関係者が受け入れられる」「妥協として通りそうな」案を指しています。
つまりドラッカーが警戒しているのは、簡単なタスクから手を付けることではなく、最初から妥協案を答えにしてしまうことです。
文脈は「効果的な意思決定」
この一節は、『経営者の条件』で効果的な意思決定の要素を説明する場面にあります。
まず問題の条件を明確にし、それを十分に満たす「正しい解」を考える。その後に、現実の制約に合わせて妥協や調整を行う。最初から「これなら皆が飲めそうだ」という案を選ぶと、何を守るべきかが分からなくなります。
妥協を否定しているわけではない
この言葉は「正論を貫き、絶対に妥協するな」という理想主義ではありません。むしろドラッカーは、現実の意思決定では最終的に妥協が必要になることを前提にしています。
だからこそ、妥協する前に何が本来必要なのかを明確にしておく。そうすれば、どこまで譲れて、どこから先は目的そのものを壊すのかを判断できます。
現代の仕事で読むなら
会議で全員が納得する案を急いで作る。顧客の要望をすべて足し合わせる。実装しやすい施策から優先する。こうした判断は、その場では進みやすく見えます。
しかしその前に「この意思決定が満たさなければならない条件は何か」を決めていなければ、調整を重ねるほど目的から離れることがあります。
ドラッカーの考えは、正しい答えを絶対視することではなく、妥協するためにも基準が必要だという実務的な意思決定論です。
まとめ
「できることから始めるのではなく、正しいことから始める」という日本語は、ドラッカーの考えを少し変形しています。
原文で対比されるのは right(正しいこと) と acceptable(受け入れ可能なこと)です。最初から妥協案へ飛びつかず、まず必要条件を満たす答えを考え、その後に現実的な調整をする。その順序が重要だとドラッカーは論じました。
出典メモ:Peter F. Drucker, The Effective Executive (1967), chapter on effective decisions.
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